2017年05月05日

老夫婦のゴールデンウイークは来週末に始まるのだ

'17年5月5日(金)
[鉄道] ブログ村キーワード

4月末に訪れた
青森・弘前城は、
約2600本の桜が見頃を
迎えていた。
<季節になれば、堀も石垣も、
 天女が舞い降りたように、
 桜の羅衣(うすごろも)
 なる>
(司馬遼太郎著
 『街道をゆく』朝日文庫)

といった情景であった
◆大型連休中に、東北地方
などで鉄道各社が工夫を
凝らした豪華な観光列車が
走る。
鉄道黎明期の1900年頃には、
既に仙台のホテルの主人が
鉄道会社にもちかけて、
東京から松島に観光客を
誘致する「回遊列車」を
実現している
◆「日本鉄道史」
(老川慶喜著、中公新書)
によれば、250人の
団体旅行客を乗せた列車は、
3食と酒が付き、
扇子で乗客をあおぐ
サービスもあったという
◆東京や京都などを回る
「ゴールデンルート」から
外れて、あまり知られて
いない地方に足を向ける
訪日外国人も増えている
ようだ。本紙でも、
会津や日光などの観光地を
ダイヤの形に結んで
「ダイヤモンドルート」
としてPRする試みが紹介
されていた
◆弘前城から見えた
雪の残る岩木山は
<気高さのきわみのように
 しずかに裾をひいていた>。
様々に知恵を絞り、
観光立国として裾野を
さらに広げていきたい。
(編集手帳 讀賣新聞5/4)

来週、老妻と山陰、山陽へ
2泊3日のツアーに出る。

気の毒なことに、
少子高齢のご時世だから
鉄道会社や旅行会社の企画は
「攻め」ではなく
以前の売上を維持するための
「守り」の企画のような
気がしてならない。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

日本国憲法は三蔵法師、孫悟空はトランプ米大統領

'17年5月4日(木)
[憲法] ブログ村キーワード

三蔵法師を評して、
『西遊記』は言う。
<出身も申しぶんなく、
 徳行も抜きんでており、
 万巻の仏典にも
 通ぜざるところなく、
 仏教音楽をも
 心得ている>と
(中野美代子訳、岩波文庫)
聖僧のなかの聖僧だろう
◆この崇高なる魂の前に、
妖怪どもがひれ伏すかと
いえば、さにあらず。
次から次へと悪さを
仕掛けてくる。
弟子の孫悟空が金箍棒
(きんこぼう)
(如意棒)や觔斗雲
(きんとうん)を駆使して
妖怪を蹴散らすくだりは
映画やドラマでおなじみ
である
◆日本国憲法とともに
歩んだ戦後の70年を
顧みるとき、
遥かな天竺へ三蔵一行の
たどった苦難の道が
重ならぬでもない
◆国際平和を希求する
崇高な理念をうたった
憲法が三蔵ならば、
現実の脅威を抑え込む
同盟のパートナー、
米国はコワモテの悟空
だろう。
どちらか一方が欠けても、
旅の安寧は期しがたい。
すぐそばに核ミサイル
という“妖怪”がうごめく
なかで迎えた今年の
「憲法記念日」(3日)で
ある
◆悟空の乱暴が
目に余るとき、三蔵は
「緊箍児呪(きんこじじゅ)
という呪文を唱え、
悟空の頭にはめた輪を
締めつけた。
連れを信じ、頼り、
ときには緊箍児呪で
脱線をたしなめて、
平和憲法の旅はつづく。
(編集手帳 讀賣新聞5/3)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月03日

移民は骨を埋めるつもりで移り住んだ民ではない

'17年5月3日(水)    
[移民] ブログ村キーワード

故障していた
自宅アパートの
エレベーターの修理が
イースター休暇明けに
ようやく完了した。
昨年のクリスマス前に
「年明け1月には終わる」
と言われて始まった
1カ月予定の工事が
4カ月もかかった。
日本なら数週間で終了する
と思う。

原因は労働者が不足して
いたことだ。
工事会社が契約していた
東欧の労働者が
クリスマスで
帰国したまま戻ってこず、
作業が大幅に遅れたと
いう。
現在の英国で働く外国人
労働者の6割から7割が
東欧からの移民だ。

英国政府に聞いてみた。
確かに昨年10〜12月に
欧州連合(EU)出身の
外国人労働者は224万人で
1万9千人も減っていた。
右肩上がりで増加した
EU労働者が減少するのは、
リーマン・ショック後
世界金融危機に見舞われた
2009年以来という。
昨年の国民投票で
EU離脱を選択した
最大の要因はEUからの
増えすぎた移民問題だった。
皮肉にも移民を制限する
離脱へ動き出した英国は
ポンド安が続き、物価が
上昇し始め、働き場所
としての魅力が低下して
いるのかもしれない。

総選挙を前倒しして離脱に
乗り出すメイ首相は
高速鉄道から原発、空港
拡張まで大規模インフラ
事業を進める成長戦略を
描く。
いずれも外国人労働者を
必要とするだけに、離脱に
伴う労働者不足は政権の
落とし穴になりかねない。
(岡部伸)
(外信コラム ロンドンの甃
 産経新聞5/1 8(国際)面)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

学校の先生はセブンイレブンで働かされている

'17年5月2日(火)
[先生] ブログ村キーワード

先日、故渡部昇一さんを
学者の道へ導いた恩師に
ついてコラムを書いた。
旧制中学で英語を習った
佐藤順太先生である。
そのお孫さんから連絡を
いただいた

▼渡部少年にとって憧れ
だった、先生の蔵書は
まだ一部残っているという。
先生の息子の恒夫さんは、
地元の国立高専で
電気工学を講じる教授と
なった。帰宅すると父親と
同じように、書斎で
古文書をひもといたり、
漢詩をそらんじたりして
いた

▼今の学校の先生には、
そんな「知的生活」を送る
余裕はなさそうだ。
日本の教員の労働時間の
長さは、世界でも突出して
いる。文部科学省が
公表した勤務実態調査に
よると、
小学校の教諭の33%、
中学校では57%が、
1カ月当たりの残業時間が
80時間を超えていた。
「過労死ライン」を
上回っていることになる

▼なかでも多忙をきわめて
いるのが、小中学校ともに
副校長、教頭である。
教頭といえば、テレビの
学園ドラマではしばしば
「悪役」として描かれる。
実際は、調査報告書の作成
から、休んだ教諭のフォロー、
会計業務まで
スーパーマンのような
活躍が求められる。
あまりの激務に疲れ果て、
教諭への降任を願い出る
ケースが後を絶たない

▼中学、高校の教諭に
とっては、部活動の顧問の
仕事が大きな負担となって
いる。日中は授業をこなし、
放課後は部活の指導に
当たる。となれば、
テストの採点や翌日の
授業の準備に取り掛かる
のは、生徒が下校して
からになる。
土日には試合や大会がある。
活動日を減らすと、
文句を言ってくる保護者も
いるらしい。
ゴールデンウイークを
返上せざるを得ない先生も、
少なくないだろう

▼学園ドラマに出てくる
ような、「熱血先生」の
情熱に頼り切る学校運営は、
そろそろ限界に来ている。
(産経抄 産経新聞5/1)

中高の先生方は、勤務が
セブンイレブンだという。
つまり、朝7時から夜
11時まで働くからだ。

モンスターペアレントの
相手やいじめ問題など
十分に手をつけられない
環境下である。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

本は恩師、角を折っても、跨いでもいけない

'17年5月1日(月)
[図書館] ブログ村キーワード

本にまつわる記念日が、
いくつあるか
ご存じだろうか

▼小欄(産経新聞)は
読書週間初日の
「文字・活字文化の日」
(10月27日)を知るのみ
だったが、
数えると計11日もある。
そのうち6日が4月に
集中しているのは、
新年度の始まりが関係して
いるのだろう。
「よい図書」と語呂合わせ
した4月10日は
「教科書の日」という。
新品の教科書を手に、
得意満面の小学1年生が
目に浮かぶ

▼4月30日は
「図書館記念日」とされて
いる。公立図書館の利用を
原則無料とする図書館法の
公布が、昭和25年のきょう
(4月30日)だった。
書物の自由な流通が、
ときの支配者層にとって
どれほど目障りだったかは、
あまたの焚書(ふんしょ)
見れば分かる。
図書館が「民主主義の礎」
と呼ばれるゆえんである。
わが国では、北条実時の
手になる鎌倉期の
私設図書館「金沢文庫」
などが名高い

▼蔵書を不特定多数の人に
貸し出した点では、
天保2(1831)年開設の
「青柳館文庫」を
公設図書館の嚆矢とする
説もある。
赤貧の幼少期を送った
青柳文蔵は商売で財をなし、
買い集めた図書約2万巻を
郷里仙台藩に寄贈した。
「書すなわち吾の賢子孫
 なり」は文蔵の言葉と
いい、蔵書には
「勿折角
(=本を折り曲げるな)」
などの注意書きが丁寧に
押印してあった

▼折しも仏文学者、
桑原武夫氏の遺族が寄贈
した蔵書約1万冊を、
京都市の図書館が無断で
廃棄していたとの記事
(大阪版)を読んだ。
「知識が増えるほど、
 われわれの無知も
 明らかになる」
と米大統領、ケネディの
言葉にある。
本が安く手に入る時代とは
いえ“書物の番人”が
本の値打ちに無知、いや
無神経なことに胸が悪く
なる

▼歴世の焚書と変わらない、
愚行ではないか。
「わが子孫」を
手にかけられた文蔵は
地下から何と嘆くだろう。
(産経抄 産経新聞4/30)

蔵書を冊数などの数で
比較することはできない。
分野によっては、
手に入れにくいものも
あるに違いない。
時代が違えば、比較は
さらに難しいと思われる。
英語学者渡部昇一さんは
15万冊収蔵の書庫を
お持ちだったそうである。

子どものころ、
本を跨ぐと「本は先生だ」
と叱られたものである。
昨今は、踏んづけてもいい
悪い先生がいるのだろうか。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする