2019年07月31日

暑気中たりという言葉はあった、熱中症は今の言葉だ

'19年7月31日(水)

徳川幕府の3代将軍、
家光の乳母となり、大奥を
支配した春日局は、厳しい
残暑の最中に65歳で急死
した。精神科医の和田秀樹
さんは、加齢により
体温調節機能が低下し、
臓器細胞が障害を受けて
死に至ったと診断する。
つまり死因は、今でいう
熱中症だった
(『日本史100人のカルテ』)
▼「夏月、もっとも保養
すべし」。貝原益軒は
健康指南の書『養生訓』で、
警告している。
江戸時代中期にはすでに、
熱中症の存在は知られて
おり、中暑(ちゅうしょ)
霍乱(かくらん)という
言葉が当てられていた
▼当時の人々は、
米こうじを原料とする
甘酒を熱くして飲んで
保養に努めていた。
甘酒が俳句で夏の季語と
なっているのはこのためだ。
最近では、糖分とアミノ酸、
ビタミンがバランス良く
含まれた健康飲料として、
みそメーカーなどが
新製品を次々に発表している。
江戸時代の知恵を生かした
熱中症対策というわけだ
▼うんざりするほど
長かった日照不足の日々が
終わると、いきなり真夏の
太陽が日本列島に照りつけて
きた。昨日(29日)ようやく
梅雨明けした関東では、
今年一番の暑さを記録した。
他の多くの地域でも、
35度以上の猛暑日となった。
急激な変化に体がついて
ゆけず、不調を訴える人も
少なくないだろう
▼実は熱中症で亡くなった
とされる有名人が
古代ギリシャにもいた。
七賢人の一人であるタレス
である。紀元前546年ごろ、
五輪を観戦中に急死した。
「万物の起源は水である」。
熱中症の脱水症状で
苦しんだ可能性がある
哲学者が残した、有名な
言葉である
▼東京五輪・パラリン
ピックは来年の今頃、酷暑の
なかで行われる。国の内外
から訪れるたくさんの人々の
命を守るために、熱中症に
ついて、今から万全の対策を
立てておく必要がある。
(産経抄 産経新聞7/30)
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2019年07月30日

テレワークが来たる東京五輪のレガシーになるか

'19年7月30日(火)

総務省の調査によると、
会社や学校までの
通勤・通学時間は首都圏が
一番長く平日平均で
1時間半を超え、なかでも
神奈川県は1時間45分にも
なるそうだ。周りを見れば、
片道1時間を超える人も
珍しくはないから、さして
驚きはないかもしれない
▲ただ、月に20日電車を
使って通勤すると仮定した
場合、1年のうち
半月以上も電車の中で
過ごすことになる。
そう聞けば、どうだろう。
40年間通勤を続けると
すれば、1年と8カ月以上も
「電車住まい」をしている
ような計算になる。
一方で、小旅行のような
気分で通勤できるはずもなく、
相変わらずの「通勤」ならぬ
「痛勤」ラッシュの毎日で
ある
▲時差出勤や在宅勤務などの
テレワークの大規模な実験が
官民が参加して9月まで
行われている。こちらは
痛勤への怨嗟の声が
だれかに聞き届けられたわけ
ではなく、2020年東京五輪・
パラリンピックに向けた
混雑緩和が目的である
▲実施初日には、出勤者が
まばらでガランとした
都庁内の写真が本紙に掲載
され目を引いた。
「子どもとゆっくり朝食を
 とることができた」
「(近くの)サテライト
 オフィスまでの出勤なので、
 通勤時間が短く済んだ」
など、評価する声が多い
ようだ
▲実験には、大会後の
テレワークの本格的な普及に
つなげる思惑もあるのだと
いう。そうなれば、五輪の
レガシーにもなるだろう
▲長時間の電車住まいから
日本の会社員を解放すると
いう話になるなら、五輪の
市民参加の輪ももっと
広がっていくのではないか。
(余録 毎日新聞7/29)

現役のころ、片道2時間
かけて、東京まで通っていた。
朝5時半に起きれば、
流れに乗れて、所定の電車に
間に合い、仕事は逃げずに
待っているという具合で
あった。

参考 テレワーク
情報通信手段を取り入れた
就労形態。通勤する際の、
交通機関の混雑の緩和や
遠距離によるさまざまな
問題の解消を目的とし、
SOHOやサテライト
などの新しい就労形態が
生産性の向上につながると
期待されている。なお、
テレワークに従事する人の
ことを、テレワーカーと
呼ぶ。(コトバンク)

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2019年07月29日

今使うか、増やして使うか金の卵を貯蓄に回した大船渡

'19年7月29日(月)

まだ一度も甲子園大会に
出場したことがないのに、
今夏これほど注目されて
いた高校生もいない。
プロ野球日本ハムは早くも
秋のドラフト会議で
1位指名すると明言した
▼岩手・大船渡の佐々木朗希
投手である。
190a、86`の右腕。
4月にあった高校日本代表
候補合宿の紅白戦に投げ、
あるプロ球団のスピード
ガンで高校野球史上最速の
163`をマークしスカウトを
驚かせた
▼大船渡は25日の岩手大会
決勝で強豪の花巻東に大差で
敗れた。甲子園出場が
懸かっていたのに佐々木
投手は出場しなかった。
国保陽平監督は
「故障を防ぐため私が判断
 した」と説明した。
佐々木投手は
「監督の判断なので
 しょうがない。投げたい
 気持ちはあった」と絞り
出すように話したという
▼国保監督は佐々木投手を
「骨格や筋肉など、
 まだ体が球速に
 耐えられない」と述べる。
延長戦で194球投げた翌日の
準々決勝は休養させた。
障害予防のため投球数制限の
議論があるとはいえ、決勝で
2連投しても酷使と言えない
のではとの声もある。
将来を考え批判覚悟で欠場
させたのだろう
▼佐々木投手はプロ入りを
志望する。多くの球団が
上位で指名しよう。
甲子園の夢はかなわなかったが、
「あの時投げなくて
 良かった」と思えるような
未来が開けることを祈りたい。
(河北春秋 河北新報ONLINE NEWS7/27)
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2019年07月28日

記録とはメモではない、物語であると市川崑監督

'19年7月28日(日)

記録映画
「東京オリンピック」
(市川崑監督)の試写会が
済んだあと、河野一郎・
五輪担当相が酷評した
騒ぎはよく知られている。
「こんな記録映画があるか。
 作り直せ」
◆もちろん、そうはならな
かった。むしろ時を追う
ごとに価値は高まると
言えるだろう。
日本人メダリストの
感動シーンが満載ですよ
――そんな宣伝文句を想像
した人々の感覚を超え、
市川監督が撮ったのは、
変わりゆく日本の姿で
あったことは工事現場の
シーンからうかがえる
◆クレーンにつり下げら
れた鉄球が画面いっぱいに
現れ、古い建物を崩して
いく場面である
◆鉄球の破壊力が、日本の
高度成長の一つの象徴
だったことは言うまでも
ない。ただし、そうした
ことは後に振り返って
分かることで、同時代に
生きていると往々意識
できないものかもしれない。
2020年東京五輪の開幕まで、
残り1年を切った。
公式記録映画も、もちろん
製作される。
監督は「殯(もがり)の森」
(仏カンヌ国際映画祭
 グランプリ受賞)などの
作品で知られる河瀬直美
さんである
◆河瀬さんは何を見つけ
出すだろう。どんな時代に
呼吸しているか、教えて
もらいたい。
(編集手帳 讀賣新聞7/27)

五輪担当相からすれば
「選手がどう戦ったか」を
記録した映画を期待した
だろうが、監督からすれば
「日本が五輪と
 どう戦ったか」を記録
しようとしたに違いない。
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2019年07月27日

人間は悪食ゆえに健康でいられる、ウナギも然り

'19年7月27日(土)

歌人の斉藤茂吉は美食家
ではなかったが、ウナギ
には目がなかった。
父には好物を通り越し、
信仰のようなものだったと、
次男の作家・北杜夫さんが
書いている
(『どくとるマンボウ追想記』
 中公文庫)
◆今の広告の基準なら
「個人の感想です」と、
断りを入れねばならない
ような食後感も残している。
「食べて五分もすると、
 目が輝いて、樹木の緑が
 食べる前と違って見える」
◆長男のエッセイスト
斉藤茂太さんも思い出を
つづっている。
「町なかのどこにでもある
 ウナギ屋を愛し、上中下
 とあると、下か、奮発
 しても中だった。上は
 決して注文しなかった」
◆上中下は今のお店なら
「松竹梅」だろうか。
つつましいウナギの食し方
としては、奮発しても
竹どころか梅という時代に
なって久しい。
例のごとく高値続きのまま、
あす(27日)
「土用の丑の日」を迎える。
財布の中身と相談しつつ、
エイヤッとのれんをくぐる
方は多いことだろう
◆ウナギは視覚に作用する
ビタミンAを含む。
目の疲れる仕事をしている
小欄も、茂吉のように
回復を実感したことがる
(個人の感想です)。
夏の緑をすっきりまなこで
楽しめたら。
(編集手帳 讀賣新聞7/26)


昨年の今ごろ、従姉が嫁いで
いるウナギ屋に知り合いと
入った。
竹か梅かの議論の余地なく、
小ぶりが入らないので
竹以上しか出せないという。

ウナギは金を払って食べる
ものという認識は大人に
なってからである。
昔は、農作業を終えて
引き揚げるとき、田んぼの
ため池に入れば、ウナギは
バケツ半分位は訳なく捕れた。
素人の調理でも美味しいと
想って食べた。
どうして、グロテスクな
ウナギやナマズを食べるのか。

利根川を渡ったスーパーでは
産地の茨城とあって、納豆は
30種類位並んでいる。
体にいいといっても
日本に住む外国人はなくても
暮らせるだろう。

悪食は健康の元である。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする