2018年05月27日

市場の扉は開放するが、言論の扉は閉鎖する中国

'18年5月27日(日)
[習近平] ブログ村キーワード

「中国の開放の扉は
 閉じることなく、
 ますます大きく開かれる」。
習近平国家主席が外資の
市場参入緩和など一層の
対外開放を宣言した
「博鰲(ぼあお)アジア
 フォーラム」の最終日、
現地のホテルの部屋で
午後10時過ぎにチャイムが
鳴った。

「火災報知機の点検です。
 あなたの安全のためだ」
とぎこちない笑顔を浮かべて
部屋に入ってきた2人の男性。
筆者の顔を凝視し、
火災報知機には何も触れず、
設置場所を
“視差(しさ)確認”して
出ていった。

嫌な予感は当たった。
翌日、車で1時間半ほどの
「文昌宇宙発射場」に
向かったが、後方に
黒のセダンがぴったりと
つけてきた。

海南省文昌市は
宇宙観光産業を掲げている。
発射場には観光コースが
あり、入場料は1人130元
(約2200円)と結構な
値段だ。
だが外国人は入場できない、
と入り口で告げられた。
尾行要員にビデオカメラで
撮影されていることにも
気付く。
「開放宣言」へのむなしさが
募った。

米中両政府が貿易戦争の
回避で合意した5月中頃、
中国国内でフェイスブック
など欧米サイトの閲覧が
解禁されたとの情報が
一時流れたが、
今のところそうした状況は
ない。閉ざされ続ける
中国の言論空間。
「習氏が開放と
 言っているのに」
(日中関係筋)と疑問を
抱く人は多い。(西見由章)
(外信コラム 北京春秋)
 産経新聞5/25 9(国際)面)
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2018年05月26日

勝利がスポーツの目的なら、反則だってさせるだろう

'18年5月26日(土)
[責任] ブログ村キーワード

責任の取り方

陸軍大将、今村均(ひとし)
生涯を描いた角田房子さんの
『責任』に、こんな場面が
ある。
ラバウルで敗戦を迎え、
戦犯となった今村と
部下の参謀長は口論を
始めた。
「責任は
 当然私が負うべきだ」
「いや、命令した私の
 責任だ」
▼まもなく始まる裁判で、
お互いが相手の罪を少しでも
軽くしようとしていた。
参謀長は無罪放免となり、
今村はその後9年間、獄に
あった。
日本に送還された後も、
わざわざ赤道直下の
炎暑の島の刑務所に戻って
いる。
部下とともに服役したいと、
申し出たのだ
▼「すべては私の責任です」。
「悪質タックル」問題で、
日大アメリカンフットボール
部の内田正人前監督(62)は、
こう言い切ったはずだ。
しかし23日夜の会見では、
「私からの指示ではない」と、
宮川泰介選手(20)の発言を
真っ向から否定した
▼ともに会見に臨んだ井上奨
(つとむ)コーチ(30)は、
関学大のクオーターバック
(QB)を「潰せ」と命じた
事実は認めたものの、
「ケガをさせろ」という
意味ではないという。
まるで2人の指導者の真意を
曲解して、選手が勝手に
暴走したといわんばかり
である。
宮川選手は前日の会見で、
自分の犯した罪を受け止めて
覚悟を決めているように
見えた。
それに対して内田氏には、
身を守る姿勢ばかりが目立つ
▼今村は釈放後、自宅の庭に
三畳の掘っ立て小屋を造らせ、
自分を“幽閉”した。
角田さんによれば、
多くの部下を死地に投じた
「その罪責だけを見つめ、
 それを日常の行為に
 現わして生きた」
▼内田氏は会見後、心労と
不眠で入院したそうだ。
なにも「昭和の聖将」と
までたたえられた人物を
見習えとは言わない。
一日も早く健康を取り戻して、
分別ある大人らしい、
責任の取り方を見せてほしい。
(産経抄 産経新聞5/25)

師弟関係

明治の旧制高校の景色
だろうか。
寺田寅彦が通った
熊本五高では落第点を
とった者がいると、
ほかの生徒の中から
「運動委員」が選ばれ、
点をもらいに教師宅を
巡ったらしい
◆寅彦はこれに選ばれ、
運命の出会いをする。
英語教師の夏目金之助
である。
快く家に招じ入れ、
点をくれるとは
言わなかったものの、
当時は俳人として有名
だった先生から
俳句の講釈をたっぷり
聞いて帰った
◆若い人の面倒見がいい
漱石の人柄をよく表す
逸話だろう。
約3年後、漱石は英国に
留学する。
「独リボッチデ
 淋(さびし)イヨ」。
ロンドンから友にあてた
直筆のはがきが見つかった
という
◆つらい孤独を経験した
こととまるで無縁では
あるまい。
のちの東京の漱石邸の
にぎわいである。
内田百閨A和辻哲郎、
芥川龍之介・・・といった
若者が足を運んだ。
むろん俳句の弟子も上京し、
物理学者の道を歩みながら
通い続けた。
<先生に会って
 話をしていると
 心の重荷がいつのまにか
 軽くなっていた>
(寅彦「夏目漱石先生の追憶」)
◆この差は何だろう。
時節柄、どこぞの師と比べず
にはいられない。
面倒見どころか、重荷を
背負わせてしまっている。
(編集手帳 讀賣新聞5/25)
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2018年05月25日

自分の意思を伝えようとする者は言葉を吟味すべし

'18年5月25日(金)
[日中国交正常化] ブログ村キーワード

1972年9月、
日中国交正常化のために
訪中していた田中角栄
首相の一行はある夜、
毛沢東主席の私邸に招か
れた。
「(周恩来首相との)
 ケンカは済みましたか」。
日中首脳会談をケンカに
たとえる言葉で始まった
会見は、なごやかに進んだ
▼別れ際、毛主席は
田中首相に「楚辞集注」を
贈った。
中国古代の憂国詩人、
屈原らの作品を集めた
『楚辞』に注釈を付けた
ものだ。理由について
さまざまな説がある。
その一つは「迷惑」の
語源を示した、という
ものだ
▼「わが国が中国国民に
 多大なご迷惑を
 おかけした」。
歓迎夕食会での田中首相の
スピーチに、中国側が
猛反発する場面があった。
田中首相は帰国後、
中国の古典をまとめた
『新釈漢文大系』で調べた
という。「迷惑」については、
こんな記述が見つかった
▼「慷慨(こうがい)して
  絶(た)たんとして
  得(え)ず、中瞀乱
 (ちゅうぼうらん)して
 迷惑(めいわく)す」。
迷惑は中国では、
単に「迷い惑う」の意味
だった。反省する時に使う
言葉ではない、と毛主席は
言いたかったのか。
中国の指導者の真意を忖度
(そんたく)するには、
やはり『新釈漢文大系』は
欠かせない。
ちなみに「忖度」は、
中国最古の詩集『詩経』に
「他人心有
  (たにんこころあ)れば 
 予之(われこれ)
 忖度す」として登場する
▼昭和35年に刊行が
始まった
『新釈漢文大系』は、
58年かけて今月、
全120巻(別冊1巻)が
ついに完結した。
版元の明治書院は、漢文学や
国語教育の専門出版社である。
執筆にかかわった漢文学者の
大半はすでに亡くなっている。
気が遠くなるような
壮大な刊行事業といえる
▼最近とみに国語力の低下が
指摘される
政治家の皆さんには、ぜひ
手に取っていただきたい
ものだ。ちなみに
国会議事堂内の書店の店主に
よれば、中曽根康弘元首相が
全巻買いそろえている。
(産経抄 産経ニュース5/24 05:05)
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2018年05月24日

スポーツは人を育てるツール、目的を誤ると害になる

'18年5月24日(木)
[アメリカンフットボール] ブログ村キーワード

〇読売新聞コラム
辞書にも名文がある。
なかでも個性的な記述で
知られる新明解国語辞典の
【世の中】は、誉れ高い
一節だろう
◆<個個の人間が、
  だれしもそこから
  逃げることのできない
  宿命を負わされている
  この世。そこには
  複雑な人間関係が
  もたらす矛盾(中略)が
  見られ、許容しうる面と
  怒り・失望をいだかせる
  面とが混在する>(7版)
◆自己を包み込む
矛盾だらけの世界から、
悩んだすえ身を引くことを
決めた若者の姿に違いない。
アメリカンフットボールの
危険なタックル問題で
名前と顔を明らかにし、
真相を語った日本大学の
選手である
◆実戦形式の練習を
外された上、
大学世界選手権の
日本代表を辞退するよう
監督に言われた。
追いつめられたという。
「相手がケガをすれば
 こっちの得だろう」(コーチ)。
勝利至上主義だとしても、
(のり)をこえている。
どんな粗暴な団体だろう。
「やらなきゃ
 意味ないよ」(監督)。
何とか映画に出てくる親分か
◆彼は退場になりテントに
戻ったあと、ことの重大さに
気づいて泣いた。
その涙や傷つけた選手への
謝罪の気持ちに偽りはあるまい。
“団体幹部”の面々はどう
思ったろう。
(編集手帳 讀賣新聞5/23)
  
〇産経新聞コラム
若き日に良き師に出会えるか
どうかで、人生は大きく
変わる。幕末に勤王の志士
として活躍した山田市之允
(いちのじょう)は、
その意味で幸せだった。
わずか1年間ながら、
松下村塾で吉田松陰の
薫陶を受けられたからだ
▼明治維新後は、山田顕義
(あきよし)として、
近代法の制定に全力を尽く
した。
明治22年には日本法律学校、
現在の日本大学を設立する。
実は松陰には処刑される
直前まで、大学校をつくると
いう宿願があった。
作家の古川薫さんによれば、
弟子の顕義にとって日大は、
まさに「松陰の大学」だった
(『剣と法典』)
▼その日大の誇るアメリカン
フットボール部をめぐる騒動は、
一向に収まる気配を見せない。
今月6日の関西学院大学との
試合で、日大選手による悪質な
反則行為は、果たして監督の
指示によるものだったのか。
昨日(22日)行われた
日大選手の会見でようやく
事実がはっきりした
▼「相手をつぶしてこい」。
内田正人前監督とコーチから
指示があった、と選手は明言
した。どうやら日頃から、
どんな理不尽な要求が出され
ても、選手が意見を言える
ような関係ではなかったようだ
▼「立志尚特異
(りっしはとくいをとうとぶ)
(志を立てるにおいては
 人と異なることを恐れるな)。
松陰は市之允に、人として
生きる道を記した扇子を
残した。
ケガを負わせた関学選手に
謝罪をすませた日大選手は、
もうアメフットを続ける
つもりはないという。
ではこれからの長い人生、
何を指針にすればいいのか
▼内田氏は、
「すべて私の責任」と謝罪
して監督を辞任したものの、
指示の有無については、
あいまいにしてきた。
関学大に提出した文書には、
選手が勝手にやったと
受け取れる表現さえある。
選手にとってかつての師は、
反面教師の役割しか果たせ
そうにない。
(産経抄 産経ニュース5/23 05:04)

スポーツは困難を克服する
力を育てる道具になる。
前に進むラグビーは
後ろにしかパスができない。
サッカーはもどかしい足しか
使えない。
ハンディは困難を克服する
訓練のための具体的な
決まりでもある。

相手チームの選手に
怪我をさせて戦力を削ぐ
戦法はフェアープレーでは
なかろう。
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2018年05月23日

カンヌ映画祭審査員が恋に落ちたという「万引き家族」

'18年5月23日(水)
[日本映画] ブログ村キーワード

神奈川県茅ケ崎市にある
「茅ケ崎館」は、
明治32年創業の日本旅館
である。日本映画の巨匠、
小津安二郎監督の仕事場
として有名だった。
「東京物語」や「早春」
など名作のシナリオは、
ここで生まれた
▼「やっぱり映画は、
  ホームドラマだ」。
家族の映画を撮り続け、
今も世界中で根強い
人気を誇る小津監督が
残した言葉である。
やはり茅ケ崎館で
脚本を執筆する
是枝裕和監督(55)も、
家族をテーマにした
問題作を
次々に世に送ってきた
▼平成16年公開の
「誰も知らない」では、
母親に置き去りにされた
4人の兄妹たちの姿を描いた。
「そして父になる」
(25年)は、ともに過ごした
時間は血のつながりを超えら
れるのか、と重い問いを
観客に投げかける。
欧米でも高い評価を受け、
「OZUの孫」とも呼ばれて
きた
▼今回はついにカンヌ国際
映画祭で、「万引き家族」が
最高賞の「パルムドール」を
獲得した。
もはや誰の孫でもない。
衣笠貞之助、黒澤明、
今村昌平各監督ら、
過去に受賞した巨匠たちに
続いて、歴史に名を残す
快挙である
▼「万引き家族」は、
都会の片隅でひっそりと
暮らす家族が主人公だ。
祖母の年金と
父と息子の万引で生活が
成り立っている。
貧しいながら
仲の良い家族は、
ある事件をきっかけに
引き裂かれていく。
是枝映画の集大成となる
作品は、審査員をして
「恋に落ちた」とまで
言わしめた
▼もっとも映画祭は、
賞を争うだけの場ではない。
往年の名作の上映会も
行われる。
65年前に製作された
「東京物語」は、
最新デジタル技術による
修復版が披露された。
こちらは、かつて世界中の
映画監督の投票によって
ベスト映画に選ばれている。
新旧のホームドラマの傑作を
見た人の感想が聞きたかった。
(産経抄 産経ニュース5/22 05:05)

ローマの史跡近くで、
子どもによるひったくりや
置き引きが多いと聞く。
ジプシーの子どもたちで
朝起きると、親の指示で
「その日の稼ぎ」に
送り出されるという。

「万引き家族」は6月初旬の
公開予定らしいので、
見逃さないようにしようと
思う。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする