2019年07月04日

熱中症が気になる季節は電気代が気になる季節

'19年7月4日(木)

今の製品は“燃費”がだいぶ
改善したそうだが、
クーラーといえば、ひと昔
前までは電気料金が心配に
なる家電の代名詞だった
◆かつて本紙の時事川柳欄に
こんな秀作が載ったことが
ある。
<クーラーを買うと
 団扇(うちわ)がついて
 きた>。
節約のため使用を控えた
時代があったことは確かだ
ろう。いわば、ぜいたく品
から必需品へ。
この何年かでこれほど
使用の意義が重くなった
電気製品はあるまい。
熱中症への備えである
◆学校の年中行事にも影響
するようになった。
千葉市では小中学校の
教室の設置率が10%に
届かず、12日で授業を終え
夏休みに入るという
◆本紙が政令市や県庁
所在地を調べたところ、
52自治体のうち19市が
未完了で、多くが設置率
30%未満だった。昨夏の
悲痛な出来事を思えば、
心もとない数字だろう。
愛知県豊田市の小学1年
男児が熱中症で死亡して
から、まもなく1年になる。
熱暑の中の校外学習が原因
だったが、出発前に体調の
異変を兆しでおり、教室の
暑さが関係なかったとは
言えない
◆昔の夏の教室といえば、
下敷きであおぎ風を送った
ものである。
最近では心から懐かしい
とは思えない。
(編集手帳 讀賣新聞7/3)

50Aで契約しているが、
記録に残る15年間で、
わが家の電気代が
月1万円を切るのは
この6月分で3回目である。
因みに、327kWhは
最少使用量に違いない。
最近だがクーラーを2台入れ、
冷蔵庫を3台から2台に
減らして新しくした。
設置に来た電気屋は
「今は省エネじゃないと
 売れない」と言っていた。

豊田市に親戚があるが、
夏の暑さは格別である。
まるで、クーラーの室外機
から吐き出される熱風の
中にいるようである。
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2019年07月03日

気候変動は大自然の病気、加持祈祷しかない

'19年7月3日(水)

暦では、夏至から数えて
10日か11日目が
「半夏生=はんげしょう」
と呼ばれる。
昔の人が農事などの目安に
した季節区分・七十二候の
一つで、今年は7月2日、
きょう(昨日)がその日に
あたる。
◆梅雨も中期に入れば、
集中豪雨が増える。洪水を
「半夏水=はんげみず」
と呼ぶ地方もあると、
天気エッセイストの倉嶋厚
さんが書いていた。
半夏生と半夏水――
「生」と「水」がきわどく
背中合わせにあるようで、
昨年の西日本豪雨を思い出
さずにはいられない
◆河川の氾濫や土砂崩れで
200人以上が亡くなった。
雨。このありふれた気象
現象がそんなにも多くの
人の命を奪い去るのかと
驚き、悲嘆に暮れた7月で
ある
◆去年とほぼ時を同じく
して、九州南部を中心に
激しい雨が降りやまない。
西日本豪雨の際にも何度と
なく怖い思いで聞いた
「線状降水帯」が発生し、
局地的な豪雨に見舞われた
という。降れば降るほど、
堤防や山は崩壊の懸念を
増す
◆鹿児島、熊本、宮崎の
3県で出た避難勧告は
約50万世帯、100万人
以上におよぶ。
命を守る基準を大幅に
あげて、行動していただく
ことを願うばかりである。
「生」の側へと。
(編集手帳 讀賣新聞7/2)

時により過ぐれば
民の嘆きなり
八大竜王雨やめたまへ
     源実朝

想定外のことが起きれば
今も昔もない。
ただ神仏に祈るばかり
である。

◎2bのひょう積もる

メキシコ・ハリスコ
(Jalisco)州のグアダラ
ハラ(Guadalajara)で
6月30日、大量のひょうが
降り、住民を驚かせ、車が
立ち往生した。
ひょうは最も多いところで
2b積もったという。

ハリスコ州のエンリケ・
アルファロ(Enrique Alfaro)
知事も、
「グアダラハラでこんな
 光景は見たことがない」
と驚きを示した。

アルファロ氏は、
「気候変動は現実なのかと
 自問させられる。
 これらこそ、今まで誰も
 見たことのない自然現象だ。
 信じ難い」と語った。

首都メキシコ市の北西に
位置するグアダラハラは
人口約500万人で、同国で
最も人口の多い都市の一つ。
ここ数日の気温は31度前後
だった。

この時期にひょうが降る
ことは珍しくはないが、
今回ほど大量のひょうが
降った前例はない。

家屋と事業所合わせて
200軒近くがひょうによる
損傷を受けた。
また丘陵地帯では少なくとも
50台の自動車が氷の濁流に
押し流され、中には氷の下に
埋没した車もあった。

州の防災当局によると、
死者の報告はないが、2人が
「低体温症の初期症状」を
示したという。
(AFPBB News07/01 18:42)
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2019年07月02日

自由と統制は国家による規制の匙加減で決められる

'19年7月2日(火)

「宿泊客に天安門事件に
 ついて尋ねると、みんな
 『知らない』と言うん
 だよ。中国の民主化
 運動についても、非常に
 画一的な批判ばかりを
 口にするんだ」

そう語るのは、私が
ベトナムの首都・ハノイで
出会ったビンさん
(仮名、31歳)だ。
中国企業での勤務経験を
持つ彼が経営するゲスト
ハウスは、若い中国人の
溜まり場である。
なかにはビジネスや観光
のみならず、
国際的な英語検定
「IELTS(アイエルツ)」の
受験を目的に滞在する人
までいる。
ベトナムで実施される
英語面接は中国よりも
簡単だという噂があり、
欧米留学を目指す中国人が
国境を越えてハノイに
受験に来るのだ。
だが、たとえ海外志向を
持つ若者であっても、
彼らには共通した傾向が
あるという。

「中国人は豊かだけれど、
 政府に洗脳されていると
 感じる。若い人ほど
 そうだ」

ビンさんの国・ベトナムも、
中国と同じく社会主義国家
である。だが、2013年に
ベトナム共産党内の改革派
グループが一党独裁体制の
根拠となる憲法第4条の
撤廃を主張する建議書を発表
してインターネット上でも
公開。その後も異議の申し
立てが繰り返されている。
将来的な体制改革の道は
完全に閉じられてはいない。

ドイモイ(刷新)政策の
進展に伴う経済発展と
中産階級の増大を通じて、
インテリ層を中心に
体制に批判的な考えを持つ
人々も生まれている。
彼らの情報源はインター
ネットだ。中国では
接続が規制されている
フェイスブックや
ユーチューブの閲覧も、
ベトナムではある程度は
寛容だ。

「天安門事件や香港の
 デモの情報も、ベトナム
 戦争で打倒された南ベト
 ナム(ベトナム共和国)の
 情報も、海外に脱出した
 ベトナム難民が発信する
 民主化アピールもネットで
 知った。僕たちは中国人
 よりも自由なんだ」

1980年代後半、中国は
開明派指導者の胡耀邦、
趙紫陽のもとで政治改革の
兆しを見せ、大規模な
学生デモすら容認され得る
開放的な空気があった。
対してベトナムは、
隣国カンボジアへの軍事介入
から国際的に孤立。
1986年12月に
ドイモイ政策が始動した
ものの、戦時体制の
残滓が残る社会は閉塞感に
包まれていた。
しかし、現在の中越両国の
政治的空気は、体制改革の
期待やネット情報の自由度
などの面では逆転している。

もっとも、ベトナムにも
言論規制を強める動きがある。
政府による反体制的なウェブ
動画やSNSアカウントの
ブロック処置が進むほか、
今年1月にはネット上の
「有害情報」を規制する
サイバーセキュリティー
法が施行。3月にはタイで
失踪したベトナム人の人権
活動家がハノイで収監されて
いたことも明らかになった。

自由と統制のバランスは、
社会主義緒諸国が共通して
頭を悩ませてきた問題だ。
中国は「統制」という答えを
選んだが、ならばベトナムは
どうか。インドシナの
小さな赤い国が、30年前の
隣国と同じ問いに直面しつつ
ある。
(ルポライター安田峰俊氏
 1000字でわかる「天安門」
 30年後 揺れる隣国3
 讀賣新聞7/1 21(文化)面)

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2019年07月01日

人間は群れで生きる動物、年をとっても変われない

'19年7月1日(月)

実家のそばに食料品などを
扱う小さな店がオープン
した。母から聞いて驚くと
とともに、ひと安心した。

実家は、地方の町のJRの
駅前にあるが、周辺の
スーパーや商店の多くが
シャッターを下ろして
久しい。
離れた新興住宅地に
町の中心が移り、ずいぶん
前から買い物に困っていた。

それにしても、活気が
失われた駅前になぜ新たに
店が、と思って調べると、
買い物弱者対策として
町から委託を受け、地元の
生協が開いたという。
全国共通の問題への認識を
新たにし、80歳間近で
一人暮らしの母親を持つ身
として、対策をありがたく
感じた。

ただ、心配事が片付いた
わけではない。
母はこれまで、町の中心の
ショッピングセンターに
わざわざ買い物に出かけて
いたが、体を動かすことに
なり、知人と会うことも
多かった。
近くで済むようになると、
運動や人との交流が減り、
生活の質が落ちるのでは。
昨年亡くなった父が、
高齢で運転をやめてから
外出が減り、急激に体力が
落ちたことが思い出される。

東京都健康長寿医療
センター研究所の調査では、
高齢者は、外出の頻度や、
友人や隣人などとの交流の
機会が少ないと、家事の
能力など生活機能が低下
しやすくなるという。
特に女性の場合は、外出を
心がけることが重要で、
研究部長の藤原佳典さんは
「女性は比較的、交流が
 上手だが、電話やメール
 だけではだめ。
 実際に会うために外出
 するなど、しっかりと
 体を動かすことが
 生活機能の維持には
 欠かせない」と助言する。

ちなみに男性の場合は、
外出はするが、一人での
外出が多い。
「友人らとの交流によって
 コミュニケーションの
 機会を保つことが
 健康の維持につながる」
と藤原さん。

アドバイスを母に伝えつつ、
自らを省みる。
今でも、隣人や友人との
つき合いが少ないという
のに、高齢になって
果たしてうまく交流できる
だろうか。
現在の自分は目の前に
スーパーがあり、老後も
便利だと思っていた。
決して安心はできない。
(西内高志)
(避けたい「交流難民」化
 日曜の朝に 
 讀賣新聞6/30 17(くらし)面)


行政サービスの不足分は
自分で工夫しなければ
ならない。
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2019年06月30日

膠着状態の米中貿易摩擦、わが国への接近を図る中国

'19年6月30日(日)

マルに対し、ペケという
拒否・拒絶に使う言葉は
謎めいている。
語源として二通りの説が
あるらしい
◆一つは「あっちへ行け」の
マレー語から出たとする説。
もう一つは中国語の
「不可=プークォー」が
変化したとするものだが、
中国の習近平国家主席の
答えは「不可」どころか、
前向きだったという。
日中首脳会談で、
国賓として来春の再来日を
求めた安倍首相の提案を
受け入れた
◆会談では柔和な表情で
首相にこう尋ねる場面も
あった。
「中国人は日本がとても
 好きです。日本人
 観光客を増やす
 アドバイスはありま
 せんか」
◆共産党機関紙・人民
日報が掲載した習氏の
手紙も異例のことだろう。
中国語を学ぶ日本人に向け、
「友好の未来は青年世代に
 託されている」
と呼びかけた。
尖閣諸島問題で関係が
悪かった頃、本誌に載った
時事川柳を思い出す。
<日中の首脳のハグを
 見てみたい>。
今や皮肉やおかしみを
感じない。悪くないこと
ではあろう
◆とはいえ米中摩擦が
高じて転がってきた友好
であることは否めない。
川柳が再び面白くならない
ことを祈りつつ、
とりあえず首脳外交に
小さめのマルをつけておく。
(編集手帳 讀賣新聞6/29)

中国の観光中、
調子に乗って写真を
撮りすぎて、
日本が大好きな中語人に
拘束されないように
注意したい。

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする