2018年06月06日

米国のように自分の身は自分で守らなければならない

'18年6月6日(水)
[不審者] ブログ村キーワード

事件を受け、
(千葉)県内では
子供どもの安全を確保する
ための模索が続いている。

松戸市では昨年6月、
住民らによる
「六実っ子
 安全安心見守り隊」が
発足した。
1352人が登録し、
進学路などの安全に
目を光らせる。
リンさんと同じ小学校に
娘を通わせる40代の
男性会社員は
「事件は本当にショック
 だった。子供の安全を
 真剣に考えるきっかけに
 なった」と振り返り、
「自分のできるだけの
 ことをしようという
 思いで隊員証を
 身に着けている」と語る。

松戸東署によると、
六実交番管内の
2016年1月〜17年5月に
4件あった不審者による
声かけ事案は、
隊の発足後は5月末までに
1件に減った

リンさんの遺体が見つかった
我孫子市でも昨年10月に
「子ども見守り隊」が発足し、
市民約2200人が登録。
東金署では昨年11月から
署員の有志が登下校時間帯に
通学路をランニングしながら
パトロールしており、
市民から好評だ。

県警は犬の散歩を兼ねた
防犯活動
「わんわんパトロール」への
参加を飼い主に呼びかけて
おり、近く県獣医師会と
防犯協定を結ぶ。
同会の広山健一専務理事は、
「犬の散歩を登下校時間帯に
 するだけで大きな抑止力に
 なる」と話す。

防犯カメラなどの普及も
進んでいる。
松戸市は昨年度、市内の
小学校の通学路に防犯カメラ
約30台を新たに設置し、
全公用車231台に
ドライブレコーダーも付けた。
県も昨年度、防犯カメラ
購入費の補助対象を
公園などに拡大した。
(讀賣新聞6/6 30(地域)面)

参考
リンさん
松戸市立六実第二小学校
3年でベトナム国籍の
レェ・ティ・ニャット・
リンさん(当時9)が
昨年3月に殺害された。
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2018年06月05日

「人間は十人十色」 阿久悠氏が父親から聞いた言葉

'18年6月5日(火)
[阿久悠] ブログ村キーワード

人間は十人十色なんだよ

警官であった父が、
ポツリと言ったことばである。
別に警句を発するつもりでも、
教訓を与える意味でもなく、
日常の職業的感想といった
ものであったのだが、妙に
響いた。

人間は一人一人が違う。
「十人十色」は、
「十人十才」でもあり、
「十人十意」でもあり、
「十人十道」でもある。

他人や他国を理解する
ことは、
同質になるのではなく、
異質を理解することである。
それが尊厳にもつながるのだ。

阿久悠
作家・作詞家(1937〜2007)
(1998年9月号掲載)
(PHP’16/10増刊号)


警察官は悪の凝縮された
世界で日常業務をしているに
違いない。
税務署の査察を担当する
人たちも不正の中で
仕事をしている。

飲み屋の女将は
この人たちは
目つきで分かるという。

社会には
取り調べの対象になる
人がいる。
十人十色は
この職業の人たちが
実感する言葉なので
あろう。
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2018年06月04日

労働の質が高ければ、老いても請われて会社に残る

'18年6月4日(月)
[再雇用] ブログ村キーワード

歌人の小池光さんに
風変わりな一首がある。
<信長が斃(たほ)れし
 齢(とし)にわれなりて
 住宅ローン残千八百万>
(歌集『静物』所収)。
天下統一の夢に破れて
果てた人、夢のマイホームを
手に入れながら月々の返済に
あえぐ人、その対照に
微苦笑を誘われる
▼織田信長は50歳を前に
自刃した。
本能寺の変がなければ、
生涯を現役として駆け抜けた
はずである。働ける年齢が
延びた今の時代、
「定年まで残りわずか」と
ローンの完済を急ぐ人は
どれほどいるのだろう。
「定年」という言葉の意味が
極めて曖昧に思えてもくる
▼少子化時代に不足する
労働力を、定年後も
余力十分の世代に求めるのは
成り行きといっていい。
問題は、長年の経験や円熟の
技につける値段である。
多くの企業で実施されている
定年後再雇用者の賃下げに
ついて、大部分は
「不合理ではない」と最高裁が
容認した
▼手元に退職金がある。
年金支給も近い。それらの
事情を踏まえた判断は理解
できるが、高齢者が経済的に
行き詰まる「長生きリスク」の
言葉もある。やがて来る
「人生100年」の時代を思えば、
定年後に待つ人生の山坂も
多い。再雇用者には厳しい
知らせだろう
▼企業の側が、今回の判断に
あぐらをかかれては困る。
厚生労働省によると、
定年制を廃止した企業は3%に
満たないという。
「生涯現役」の意気を
胸に秘めた人は少なくないはず
である。「余生」などと聞けば
鼻で笑ったであろう信長も、
この現状に黙っていまい
▼歌人の窪田空穂に最晩年の
歌がある。
<最終の息する時まで生きむ
 かな生きたしと人は思ふ
 べきなり>。
70歳で早稲田大教授を定年
退職した後、歌集を4冊出し、
昭和42年に89歳で他界した。
「余生」の字を辞書に持たぬ人は、
半世紀前にもいた。
(産経抄 産経ニュース6/3 05:03)
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2018年06月03日

ラマダンの終わるころ、中東のいらだちに要注意

'18年6月3日(日)
[ラマダン] ブログ村キーワード


外信コラム

カイロの支局近くの
大通りの真ん中に、
いきなり
たくさんのテーブルが
並べられ、多数の人が
食事をしていた。
何事かと思ったが、
ラマダン(断食月)なのだ
とすぐに気づいた。

イスラム教徒は日の出から
日没まで、水も食べ物も
いっさい口にしてはならない
ラマダン。
今年は5月中旬から約1カ月
続く。期間中は、富裕な人が
お金を出して貧しい人に
食事を振る舞うのがならわしで、
日没になるとあちこちに
臨時の“食堂”ができる。

ラマダン入りの前は注意が
必要だ。
酒を売る店が閉まるので、
ビールは買いだめしておいて
日数を計算しながら
飲まなくてはならない。
しばしば
朝食を取るレストランも
日中は休みで、自炊が増えて
スーパーに足しげく通うことに
なる。

とても健康によいとは
思えないが、
知人のエジプト人に聞いたら、
「体の中が清められる
 気がする」と話していた。
一方でちょっと怖い話も聞いた。
ラマダンの期間が終わりに
近づくと、
「ドライバーの運転が荒くなる」
という。
のどの渇きと空腹が限界に達し、
いらいらするようだ。

じりじりと太陽が照りつけ、
気温が40度を超えることもある
カイロに。毎年恒例とはいえ、
路上で花や青果を売る人々が
夕方、ぐったりしているのを
見ると、なんだか気の毒になる。
(佐藤貴生)
(千夜一夜 産経ニュース6/1 11:30)
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2018年06月02日

わが国の収容所でドイツ人捕虜が歌った「歓喜の歌」

'18年6月2日(土)
[ベートーベン] ブログ村キーワード

ベートーベンの
「交響曲第9番」が、
ウィーンで初演されたのは、
1824年の5月だった。
すでにほとんど
耳が聞こえなかった
ベートーベンは、聴衆の
拍手に気づかず、作品の
出来栄えを確認することも
かなわなかった
▼この曲はやがて
ドイツのみならず、
「人類の遺産」として
世界中で愛されるように
なる。とりわけ日本では
年末の風物詩として、
毎年100回を超える演奏会が
開かれる。
「第九」にとって、第二の
故国といえるだろう
▼その原点をたどると、
第一次世界大戦の最中、
徳島県鳴門市に開設された
板東俘虜(ばんどうふりょ)
収容所にいきつく。
中国・青島で日本軍の
捕虜となったドイツ兵
約4700人のうち、千人が
収容されていた
▼所長の松江豊寿(とよひさ)は、
ドイツ人捕虜の待遇に心を
配り、地元民との交流を
進めたことで知られる。
そのために、軍上層部との
衝突も辞さなかった。
会津藩士の家に生まれた
松江は、父親から
戊辰戦争における会津の
屈辱を聞かされて育った。
だからこそ、
ドイツ人捕虜に対して
「武士の情け」を示し
続けた
▼収容所内では、
パンやソーセージが作られ、
スポーツや芸術活動も盛ん
だった。その一つとして、
大正7年6月1日に演奏
された「第九」が、
日本いやアジアでの初演と
される。
45人編成のオーケストラに
4人の独唱と約80人の
合唱団で構成されていた。
当然ながら、女声だけは
望むべくもなかった
▼ちょうど100年となる
本日(1日)、
収容所跡地近くに建設された
鳴門市ドイツ館で、
当時をそっくりそのまま
再現する演奏会が開催される。
捕虜たちが望郷の念にかられ
涙を浮かべながら歌った
「歓喜の歌」は、今や
欧州全体を象徴する歌と
なった。初めて聞く
日本人の心に、どのように
響いたのだろう。
(産経抄 産経ニュース6/1 05:04)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする