2018年06月11日

むしゃくしゃしたら、何をしてもいいのか

'18年6月11日(月)
[殺人] ブログ村キーワード

【新幹線3人殺傷】

9日午後9時45分ごろ、
JR東海道新幹線
新横浜−小田原間を走行中の
東京発新大阪行きのぞみ
265号の12号車内で、
「刃物で刺された人がいる」と
乗客から110番通報があった。
乗客の男女3人が襲われ、
小田原駅に停車した新幹線の
車内から病院に搬送されたが、
30代の男性1人が首など
複数カ所を刺されて死亡した。
ほかに26歳と27歳の女性が
頭部や肩に重傷を負ったが、
命に別条はないという。

通報で同駅に駆けつけた
神奈川県警小田原署員が
12号車内で、手などに血が
ついている男を発見。
鉈のような形状の刃物を
押収し、殺人未遂の疑いで、
氏名・年齢・住所・職業
いずれも自称の無職、
小島一朗容疑者(22)
=愛知県岡崎市蓑川町=を
現行犯逮捕した。
「殺すつもりで刺した。
 むしゃくしゃしてやった。
 誰でもよかった」などと
容疑を認めている。(後略)
(産経ニュース6/10 01:35)

世の中が乱れている。
例外的で数%の異常者の
行動とみるか、氷山の一角と
みるか見解が分かれるが、
人間としての鍛え方が
足りていない。
親は子を生むだけでなく、
身体と心をともに
育てなければならない。

生き物は身代わりを置いて
死んでいく。
身代わりは生き続ける自分で
ある。
身代わりとしての自分の
修業が足りていない。

人を殺しても
死刑になればそれで
罪を償ったと考えているの
だろうか。
自分と犠牲者を等価だと
考えるのは自分を過大に
評価している。

人間としての「しつけ」に
関与するのは親だけでは
ない。
親の手が届かないところを
補完する国の仕組みが
機能していない。

しつけに関する
父をテーマにした新聞の
投稿記事を三つほど。


厳しいしつけ げんこつも

10年前に他界した父は、
とにかくしつけに
厳しかった。
食事の時は正座は当たり前。
箸の持ち方は幼い頃から
しつけられ、
食事後に茶わんに米粒が
一粒でも残っていたら
げんこつが飛んできた。

母の料理を好き嫌いで
残すなんて、許され
なかった。
「一生懸命作ってくれた
 料理を残してよいのか。
 世界には食べたくても
 食べられない人が
 大勢いる」と。
敷居をまたぐこと、新聞
などはまたいでもだめ
だった。
今、大人でも箸の持ち方が
おかしく食事を平気で残す
人がいる。
素晴らしいしつけを受けた
と思う。
(静岡県南伊豆町)
 警備員 宇田智治さん54)


気がつけば同じ性格

父は高度成長期の
サラリーマンで、外面は
良く、必要以上に気を
使っていた。
そんな表向きの性格を、
24時間続けられるはずは
ない。
家では暗く後ろ向きな
言葉しか言わなかった。
そんな父が嫌いで、
思春期から反抗していた。

そんな父の性格を完全に
受け継いでいると
気づいたのは、他界して
二十数年後の今になってだ。
仕事で好ましくない人とは
「期間限定のお付き合い」
と割り切り、笑顔で
あいさつ、きれい好きは
良い意味で生かす。
そう思えるようになって、
ようやく感謝できるように
なった。
(東京都板橋区
 パート 野村祐子さん59)


「普通の生活のため努力」

父は長年、設備の悪い
鉄工所で下積みの仕事を
余儀なくされた。
その無念が我が子の教育に
向けられ、子ども4人は
高校に入れるのだと言って、
人の嫌がる
溶鉱炉の釜たきを10年以上
続けた。
爆発事故では九死に一生を
得た。大きなやけどを
負うことも度々だった。

私たちは、危険な仕事は
辞めるよう何度となく
言ったが、譲らなかった。
好きなお酒やたばこを控え、
家族のために我が身を
削って生きた。
教えは
「人を羨ましがらず、
 普通の生活のために
 努力せよ」だった。
(埼玉県伊奈町
 無職 照井良彦さん76)
(以上 気流 
 讀賣新聞6/10 10(投書)面)

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2018年06月10日

思い出と戦っても勝てない、と脚本家内館牧子さん

'18年6月10日(日)
[プロレスラー] ブログ村キーワード
 
思い出と戦っても
勝てねえんだよ

内館牧子
脚本家(1948〜)


私の記憶に間違いが
なければ、
これはプロレスリングの
専門誌「ゴング」の
インタビューで、
プロレスラーの
武藤敬司が語った言葉で
ある。

私たちは仕事や恋愛や、
あらゆることに関し、
ややもすると思い出を
美化する。
「あの頃はよかった」とか
「あんな人とは二度と
 出会えない」とか、
つい現実と比べがちだ。

それを「後ろ向きだ」と
説教する人は多いが、
こうも鮮やかに説教がましく
なく放った一言を、
私は他に知らない。
(1999年10月号掲載)
(PHP’16/10増刊号)


参考
武藤敬司
プロレスラー。
WRESTLE-1を運営する
GENスポーツエンター
テインメント代表取締役
会長。
山梨県富士吉田市出身。
山梨県観光大使。
武藤塾塾長。
娘はタレントの武藤愛莉
(Wikipedia)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

ごめんなさいは許されるがゆるしてくださいは許されない

'18年6月9日(土)
[ノート] ブログ村キーワード

「くちげんかは 
 おとうさんが つよくて 
 ぼうりょくげんかは  
 おかあさんが かちます」。
神戸市の小学校で長く教師を
務めた鹿島和夫さんは、
新1年生が入学するたびに
ノートを渡した。
毎日、詩を書いてもらうためで
ある
▼お母さんといっしょに
お風呂に入る。寂しいとき
手をつないで寝てくれる。
子供たちの詩に登場するのは、
まるで友達のような愉快な
お父さんばかりである
(『お父さんはともだちです』)
▼東京都目黒区のアパートで
今年3月に虐待死した
船戸結愛(ゆあ)ちゃん
=当時(5)=も、
覚えたてのひらがなで
大学ノートに詩のような文章を
つづっていた。
「もうパパとママに
 いわれなくても 
 しっかりじぶんから 
 きょうよりか あしたは
 もっともっと 
 できるようにするから」
▼そこから浮かび上がる
父親のイメージは、
暴力と恐怖で支配する残酷な
独裁者である。実際、
父親の雄大容疑者(33)は
実子ではない結愛ちゃんに、
朝4時に起きてひらがなの
書き取りの練習をするよう命令
していた。
顔を拳で殴り、真冬のベランダに
放置するなど虐待を繰り返して
いた。食事も満足に与えられず
衰弱していく結愛ちゃんを、
母親の優里(ゆり)容疑者(25)も
放置していた
▼父親に首を絞められた
9歳の男児が、苦しい息の下で
必死に呼びかける。
「僕、父ちゃん、
 世界中で一番好きだ」。
この一言で父親の殺意がにぶり、
男児の命は助かった。そんな
心中未遂事件を紹介したことが
ある
▼「もうおねがい 
ゆるして ゆるして」。
結愛ちゃんがノートに残した
両親への謝罪の言葉から、
悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「お願い、殺さないで」。
すでに父親と母親であることを
やめた雄大容疑者と優里容疑者の
心には、響かなかったのか。
(産経抄 産経ニュース6/8 05:03)

社会の多様化で子育ての
時間が奪われた。
子どもは昔も今も同じ状態で
生まれてくる。
まっさらな子どもにしつけを
するとき、乱暴になる。
本能の部分を辛抱強く
社会性で置き換えなければ
ならない。

叱れば「ごめんなさい」と
いうだろうが、
「ゆるしてください」と
言わせるのはやり過ぎで
ある。
この両親はこの子と
同じように育てらたのだ
ろうか。
命の重みについて
誰からも教えられなかった
ことの証である。

子どもは親を選べないという
事実は常に念頭に
置かなければならない。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月08日

まず、教師はモンスターペアレントと断固戦うべし

'18年6月8日(金)
[モンスター] ブログ村キーワード


いろんな形のモンスターの
出現で、日本の国力が
低下する危機にさらされて
いる。


母親のモンスターぶり

母親「校長先生、今度、
   学校の近所に
   コンビニができると
   聞きましたが・・・。
   ぜひ、校長先生のお力で
   やめさせてほしいのです」
校長「それはまたどうして。
   コンビニができたら
   何かと便利になりますよ」
母親「心配なんです」
校長「ハハーン。
   コンビニには
   いろんなモノが売って
   ますからね。
   浪費癖がつかないかと
   ご心配なんですね。
母親「いえ、違うんです」
校長「じゃ、何が・・・・・」
母親「コンビニができれば、
   ウチの子万引きするかも
   しれないじゃないですか。
   それでウチの子の将来に
   傷がついたら、
   どうしてくれるんですか?」
校長「・・・・・」
母親「その時には、
   学校の方針に問題が
   あったんだから
   訴訟を起こそうかとも
   思っているんです。
   でも、コトを荒立てたく
   ないから、校長先生、
   お願いしますよ」
校長「・・・・・」
(現役教師上田小次郎
 モンスター・ペアレントの
 ありえないジョーク集 CCRE梶j



患者のモンスターぶり

最近は困った患者
(モンスター・ペイシェント
 =Monster Patient)に
悩まされることもあるらしい。

金を払えば客だと考える
風潮があまねく広まって、
自治体の窓口や
病院の中にまでも
浸透しているようである。

「病院で嫌われない患者に
 なる方法」と題した
看護師座談会という形式の
記事があった。

:今日は、恐怖の16時間
シフトで疲れちゃった。
しかも、困った患者さんの
せいで。
:そういう患者さんは
年配の男性が多いような
気がする。
:ナースコールを
よく鳴らすおじさん。
:具合が悪いんじゃなくて、
空調の温度を上げろ、
下げろとか。
:テレビのチャンネル
変えろ、窓開けてとか、
呼ばれて用事を済まして
ナースステイションに戻ると
また鳴って・・・・・の繰り返し。
:最悪、5分おきに
鳴らす患者さんもいるよね。
:聞いた話だけど、
わがままなナースコールが
うるさいおじいさんがいて、
業務が進まないからって
電源を切ったんだって。
しばらくして、病室に行ったら
痰がからんで、心停止寸前。
手にはナースコールが・・・・・。
:それは怖い!
:まるでオオカミ少年だよね。
患者さんも
むやみに鳴らさないでほしい。
本当に具合が悪い患者さんの
対応が遅れるし。
:すぐに自分の思い通りに
ならないと気が済まないん
だろうね。
ちょっと対応が遅いと、
"カンカン"って棒で
ベッド柵をたたいていた
患者さんもいたよ。
:しかも、
そういう患者さんに限って、
家庭ではいいお父さんや
おじいちゃんなんだよね。
家族が帰ったとたん、
わがままになる。
:私たちに甘えているの
かもね。
なるべく応えてあげたいけど、
患者さんは一人じゃないから。
:特別扱いしてもらいたくて、
「俺は院長の知り合いなんだ」
とか言う患者さんもいない?
「それが何か?」って感じだけど。
:気に入らないことがあると、
きつい口調で
「あなたの名前は?」と
聞く患者さんも嫌だよね。
:「担当の看護師を
変えてくれ」って、
しょっちゅう言ってくる
患者さんもいた。
:わがままな患者さんの
対応のあとに、
「大変だね、お疲れ様」と
声をかけられると、
もう涙が出そう。
:患者さん自身だって
病気でつらいのに、
私たちのことを
心配してくれると思うと、
よけいにじーんとくるよね。
そういう患者さんには、
自然と対応がよくなっちゃう。
:同じ部屋で、
印象の悪い患者さんが「寒い」、
いい患者さんが「暑い」と
言ったら、
空調の温度を下げるよね(笑)
(藤原ゆみ構成 病院できら
 われない患者になる方法
 文藝春秋'11/7月号)



クレーマーのモンスターぶり

このゲームのルールは
先に文句を言ったもの
 勝ち
」ですから、
このゲームで幼児期から
鍛えられてきた子どもは
どんな場合でも、
誰よりもはやく「被害者
ポジションを先取する能力

長けてゆきます。
人間、生きている限り、
さまざまな不快なできごとに
遭遇しますが、
そのすべてにおいて、
私は不快に耐えている
 人間
」であり、あなたは
私を不快にさせている
 人間
である」という
被害---加害のスキームを
瞬間的に作り上げようとする。

この能力を現代日本人が
異常に発達させつつある
ことに、みなさんは
だいぶ前からお気づきだと
思います。
街を歩いていて、
人とぶつかったときに
僕は必ず
「あ、どうもすみません」と
先に謝りますが、
僕に謝ってくれる人は
ほとんどいません。
これは若い人に限らず、
五十代、六十代の人でも
そうです。
人をにらみつけて、
ちっ、と舌打ちして去る、
という人がずいぶん増え
ました。
これは礼儀がどうこうと
いう問題ではなく、
どんな場合でも、
「おまえのせいで
 私はいま不愉快になって
 いる」という態度を
まず採ってみせることが
有利に働くということが
わかってきたので、
日本人の全体がだんだん
そういうマナーを採用する
ようになったということ
だろうと思います。
「クレーマー」というのが
そうですね。
デパートの高級婦人服
売り場で働いている
ゼミの卒業生に教えて
もらいましなが、
プロフェッショナルな
 クレーマー
」というのが
いるそうです。
この人たちは、高額な
パーティドレスや
フォーマルウェアを買い、
一週間ほどしてから、
「これ、気に入らないから
 返品します」と持ってくる。
たっぷり香水がついて、
食べもののしみまでついて
いる。
でも、デパートは黙って
引き取って返金する。
三月、四月の卒業式や
入学式のシーズンになると、
店の中のめぼしい
フォーマルウェアは
ほとんどクレーマーたちに
もってゆかれてしまう。
もちろん
シーズンが終わったら
返品される。
こういう悪質なクレーマーが
顧客全体の数パーセントいて、
この、
「一円もお金を払わないで
 新品の服を着続ける人」の
もたらす損失はすべて
コストに計上されて、
「ふつうに代金を払って
 服を買う人々」が
その分余計に支払わされて
いる。
こういうのはずいぶん
恥ずかしい行為だと僕は
思うのですが、
たぶん彼女たちにとっては
「提供された商品に
 満足しないことは利益を
 もたらす」ということが
深い確信となって身体化して
いるのでしょう。

でも、こんなのはまだ
無害な方で、行政がらみの
不祥事や医療事故における
クレーマーの過剰は
日本の社会システム
そのものを崩壊させかねない
ところまで進行しています。
もちろん、学校もそうです。
(内田樹神戸女学院大学名誉教授
 下流志向 学ばない子どもたち
 働かない若者たち 講談社文庫)


これらモンスターの生みの親も
育ての親もモンスターペアレント
だろう。

自分の損は相手の得とは
限らないのに
自己主張に徹する人たち。

言い分があれば、何をしても
許されると思う風潮すら
感じられる。
人を殺めて自分が生きている
ことを不公平だと思わない、
社会性の欠如した人間がいる。
容疑者として連行されるとき、
辺りを睥睨するふてぶてしさ
にはあきれるばかりである。

国家として
教師に絶大な権限を与え、
義務教育の段階で
モンスターペアレントと
戦い、子どもの社会性を
育てなければ、わが国の将来に
希望が持てない。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月07日

親殺しの罪は重いと教わり、そう記憶していたが・・・

'18年6月7日(木)
[父親] ブログ村キーワード


【明治150年】

「おやじも私も、この事件で
 被告人が実刑になるのは
 おかしいと思ったよ」。
栃木県で昭和43年に起こった
殺人事件の弁護を担当した
大貫正一弁護士(88)は
当時を振り返り、こう話した。

依頼されたのは当時、
刑事弁護人として名声を得て
いた大貫弁護士の父、
大八弁護士(46年死去)。
依頼してきた被告人の女性は
貧しく、弁護士費用として
出してきたのは、
リュックサックいっぱいに詰めた
ジャガイモだった。

この事件は、当時20代だった
被告人の女性が実の父親を
絞殺したもの。
女性の境遇はあまりにも悲惨
だった。
父親は女性が10代のときから
近親姦を強いており、
女性に結婚相手が現れると、
「相手をぶっ殺してやる」と
脅して女性を監禁した。

女性には酌むべき事情があったが、
問題は当時存在した刑法200条。
「自己又ハ配偶者ノ
 直系尊属ヲ殺シタル者ハ
 死刑又ハ無期懲役ニ処ス」。
尊属殺重罰規定といわれるものだ。

刑法199条の殺人罪が
「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ
 無期若クハ三年以上ノ
 懲役ニ処ス」(当時)と
定められているのに比べ、
法定刑が格段に重い。

刑法200条が適用されると、
事情を最大限に考慮し刑を
減軽しても懲役3年6月以下に
ならない。
執行猶予は懲役3年以下にしか
付かないので、女性は実刑に
なってしまう。

大貫弁護士は
「実刑を避けるには
 尊属殺重罰規定を違憲無効に
 しなければならない。
 しかし、合憲との判例が積み
 上がっており、大変な事件を
 引き受けたと思った」と述懐
した。

なぜ尊属殺の罪が通常の殺人の
罪より重かったのか−。
明治期の国づくりに深く関わって
いるとされる。

幕末に西洋列強と結んだ
不平等条約の解消を国是とした
明治政府は、近代法典の整備を
急いだ。
その一環として誕生したのが、
明治13年に太政官布告で公布
された刑法(旧刑法)だ。

旧刑法は、犯罪となる行為や
刑罰が法律によって規定されて
いなければならないという
「罪刑法定主義」を採用するなど、
近代的な内容だった。

一方、尊属を敬うという
江戸時代の武家社会の
根幹的道徳である「孝」と、
それに裏打ちされた「家制度」を
社会の根幹とする思想を
強く打ち出した内容だとされる。
そのため尊属殺の法定刑を
通常の殺人よりも重い、
一切の減軽を認めない死刑のみに
していた。

この尊属殺重罰規定は、
40年に公布された現行刑法にも、
刑罰に無期懲役を加えて維持された。
改正に際して、帝国議会で
「無期懲役は不要。
 死刑のみにすべきだ」との
強硬な主張があった一方、
重罰規定そのものの存在は
疑問視されていなかったという。

そして、
戦後間もなくの昭和22年、
大逆罪など皇室に対する罪が
刑法から削除されても、
尊属殺重罰規定は維持されていた。
    
実父を殺害した女性に対する
最高裁大法廷判決の言い渡しは
48年。

判決は
(1) 尊属殺重罰規定自体は
  違憲ではない
(2) しかし、法定刑が
  重すぎるのは不合理−
として、尊属殺重罰規定を
違憲無効と判断。
刑法199条を適用し、
懲役2年6月、執行猶予3年と
するものだった。

主任弁護人だった大八弁護士は
上告後に死去。最高裁での弁論は
大貫弁護士が務めていた。
判決の翌日、事務所を訪ねてきた
女性に大貫弁護士が判決内容を
説明すると、女性は涙を流して
喜んだという。

その後、大貫弁護士は女性と
一度も会っていない。
年賀状も断った。
「彼女にしてみたら、
 年賀状を書くたびに思い出す。
 早く忘れてほしかった」

この判決後、刑法200条で
起訴されることはなく、
条文は平成7年の刑法改正の際に
なくなった。
    
尊属殺重罰規定は戦後しばらく
残っていた。刑法は明治40年公布。
「古めかしいのでは」との疑問も
わくが、中央大学法科大学院の
井田良(まこと)教授は真っ向から
否定する。

「日本の刑法は非常にすばらしい
 一級の作品。例えば執行猶予の
 要件をみても、公布当時の
 ドイツ刑法に比べて緩やかに
 なっている。
 当時の欧州の最新学説を
 取り入れており、公布から
 おおよそ110年たった今でも
 十分に使えている」

尊属殺人に限らず、
犯罪に対する社会の考え方は
時代とともに変わる。
昨年は、強姦の被害者を女性と
限定しないなどの変更が行われた。
時代に即した改正を続けながら
根幹は変えず、明治制定の刑法は
使われ続ける。
(産経ニュース6/6 07:05)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする