2017年10月10日

精神分裂症の韓国は慰安婦問題を棚上げして観光をPR

'17年10月10日(火)
[韓国] ブログ村キーワード

韓国は先月末の30日から
中秋節の「秋夕(4日)」の
3連休をはさんで9日まで
史上最長の10連休中だ。
土日のほか、神話に基づく
建国記念日にあたる
「開天節(3日)」の
振り替えや
「ハングルの日(9日)」を
加え、さらに文在寅・
新政権の善政(?)で
空いた2日まで休みにして
しまったためだ。

休みが長すぎて皆さん
いささかもて余し気味だが、
政府としては消費拡大で
景気アップになればという
ところか。
市内の観光スポットや
繁華街はこのところ
対安保問題をめぐる
韓中関係の悪化から
中国人観光客が激減して
いる。
10連休の“内需”で
多少ともカバーできればと
いうわけだ。

観光客では中国人
のみならず日本人も不振だ。
韓国に対する
“反日イメージ”に加え
北朝鮮のミサイル問題で
足が遠のいている。
そこでソウル市は
日本人客を呼び戻そうと
対日観光PRに懸命で、
日本メディアにも
PR情報がしきりに
送られてくる。

ところがソウル市は一方で
慰安婦問題に
実に熱心なのだ。
記念公園を作ったり
慰安婦像を乗せた
市内バスに市長が一緒に
乗り込んだり
元慰安婦を
各種行事に招いたり…。
こうした執拗な
“慰安婦
 反日パフォーマンス”が
韓国離れにつながっている
という日本人の気持ちを
分かっていない。
観光PRとは虫がよすぎる。
(黒田勝弘)
(外信コラム ソウルからヨボセヨ
 (もしもし)産経ニュース10/7 14:00)

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2017年10月09日

日本でなら勝てる畑岡奈紗は文字通りの内弁慶なのか

'17年10月9日(月)
[畑岡奈紗] ブログ村キーワード

塩谷育代さんのチェック

日本女子オープンを連覇
した畑岡奈紗を中継局の
放送席モニターと練習場で
見ました。

米ツアーに参戦した
今シーズンは、トップの
位置を低くして
調子を落としていました。

もともとインパクトで
ジャンピングして
ボールをつかまえ、
それでパワーを出して
飛ばすタイプです。
ところが
トップがフラットに
なったことで
クラブの通り道である
懐が窮屈になって、
体の動きよりも
手の引きが早く、
タイミングを
合わせるために
ジャンピング動作が
大きくなっていたように
思われます。

米ツアー終盤に
トップ位置をわずかですが
微調整して高くすることで
懐に余裕ができ、
窮屈に見えたスイングが
変わってきました。
インパクトの再現性が
高くなり、それが
女子オープンでの
4日間20アンダーという
ビッグスコアに
つながったのです。

苦労した米ツアー転戦で
いろいろと学んで、
気持ちのコントロールも
うまくなっていました。

2位に2打差の単独首位
発進だった最終日は
畑岡が目標に立てた
20アンダーに向けて
集中力を高めていました。
キャディーを務めた
小俣裕次朗プロとの息も
ピッタリ。

女子オープンは
大会連覇だけでなく
2週連続優勝もかかって
いました。

優勝争いになれば相手の
プレーを意識するのは、
人間だから当然あります。

私も勝った試合か、
負けた試合かは
今ではわかりませんが、
優勝を争う相手の表情や
笑い声でメンタルが
揺れ動き、プレーに影響
したのはよく覚えています。
畑岡は18歳にして、
自分のプレーに集中して
いたのですから凄いことだ
と思います。

大会3日目に申ジエと
同組になり、
「パットを外しても
 ニコッとすることを
 学んだ」と、
試合中にも
相手の長所を学ぼう
という姿勢がありました。

そんなプレースタイルに、
最終日は同組の
キム・ヘリムの方が畑岡の
ペースにのみ込まれような
展開になりました。

1年前の女子オープンに
勝ってプロ転向し、すぐ
米ツアー挑戦した畑岡に、
外野は
「もっと日本で経験を
 積んでから行くべき」
とうるさかった。
しかし畑岡は自分で道を
切り開いて、日本で
2連勝という結果を出した
わけで、米ツアー挑戦は
意味があったのです。
言葉もわからない、
つらい環境の中で
うまくいかずに苦しんだ
ことが彼女を
一回りも二回りも成長
させたのでしょう。

下半身が強くなっており、
今後は自分のベストの
スイングの形を早く固める
べきでしょう。

米ツアーに再挑戦すれば、
もっと飛ばしたいと感じ
ます。しかし
米国選手や韓国選手とは
骨格や筋肉の質が違い、
まねできる点と
まねできない点が
どうしてもあります。
もちろん
スイングのテンポや
リズムも違う。
できないことに挑戦して
調子を落とすよりも、
畑岡の潜在能力をもっと
引き出して、
米ツアーで戦える
スイングづくりが今後の
課題といえるでしょう。
(塩谷育代チェック
 注目女子プロ凄み弱み
 日刊ゲンダイ10/7 37面)

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2017年10月08日

人気作家だからノーベル文学賞を取れるとは限らない

'17年10月8日(日)    
[ノーベル文学賞] ブログ村キーワード

ファンは狂喜乱舞だろう。
今年のノーベル文学賞を
日系英国人作家で
「日の名残り」などの
作品で知られるカズオ・
イシグロ氏(62)が授賞
した。授賞理由は
「偉大な感情の力を持つ
 数々の作品において
 世界と結び付く、
 われわれの幻想的感覚を
 深い根底から
 見つけ出してきた」と
いうもの。

イシグロ氏は1954年、
長崎市で日本人の両親の
元に生まれ、5歳で
海洋学者の父らと
英国に移住。のちに
英国籍を取得した。
幼児の日本の記憶を描いた
長編デビュー作
「遠い山なみの光」
(82年)で
王立文学協会賞を受賞。
89年の「日の名残り」は
英国貴族に仕えた執事の
半生を描いて英文学界
最高の栄誉とされる
ブッカー賞を受賞、
アンソニー・ホプキンス
主演で映画化された。
05年の
「わたしを離さないで」は
10年にキャリー・マリガン
主演で映画化。
昨年、TBSが綾瀬はるか
主演で連ドラ放送した。

ノーベル文学賞といえば、
恒例行事のように
村上春樹氏の名前が
取りざたされ、ファンを
がっかりさせている。
そんな中、思いもよらぬ
ダークホースが賞を
かっさらったわけだ。
なぜ村上春樹ではない
のか。
「実は春樹フィーバーの
 裏側で言われている
 説があるのです」とは
ベテラン編集者だ。
「94年受賞の大江健三郎、
 00年の高行健
 (ガオシンジェン)など、
 ノーベル賞作家は
 社会性のある作品が多い。
 ずしりと重いのです。
 イシグロ氏の
 『わたしを離さないで』
 の設定は、人間が
 “オリジナル”と呼ばれる
 世界。彼らの遺伝子に
 よってつくられた
 クローンの子供たちが
 成長し、オリジナルに
 臓器を提供するために
 内臓を切除され、
 モルモットのように
 死を迎えるストーリー。
 科学と人間の根源的な
 罪悪がこめられている。
 一方、村上作品は
 卓越した文章力で
 カルト的人気がある
 ものの、若者の表層的な
 苦悩というイメージが
 強い。ヒット作
 『ノルウェイの森』の
 映画版が酷評されたのは
 そのせい。だから
 ノーベル賞が空振りに
 終わるのでしょう」

明暗くっきり――。
(日刊ゲンダイ10/7 3面)
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2017年10月07日

北朝鮮の報復核攻撃は日韓を道連れの無理心中

'17年10月7日(土)
[北朝鮮] ブログ村キーワード

米ジョンズ・ホプキンズ大
の北朝鮮分析サイト
「38ノース」は5日までに、
北朝鮮と米国の間で
軍事衝突が起き、北朝鮮が
日韓両国の首都である
東京とソウルを爆発規模
25キロトン
(TNT火薬換算)の
核兵器で攻撃した場合、
死者が計約210万人、
負傷者が約770万人に上る
との推計値を公表した。

米軍が北朝鮮の
弾道ミサイルを迎撃したり、
核・ミサイル関連施設を
攻撃したりし、北朝鮮が
報復した事態を想定。
北朝鮮が15キロトンから
水爆規模の250キロトン
までの核弾頭を25発配備、
全25発を弾道ミサイルで
人口密集地の
東京とソウルに発射したと
仮定し、被害規模を算出
した。

米軍の最新鋭迎撃システム
「高高度防衛ミサイル
(THAAD)」などをかい
くぐり、弾頭の80%が
爆発に至った場合、
両都市の死者は
15キロトンだと約170万人、
250キロトンでは
約380万人との結果が出た。
米国が広島に投下した
原爆は16キロトン、
長崎は21キロトンだった。
(共同)
(産経ニュース10/6 07:26)


(関連コラム)
<大き骨は 先生ならむ
 そのそばに 小さき
 あたまの骨 あつまれり>。
作者の正田篠枝(しのえ)
さんは、自らも広島で
被爆している。
昭和20年8月6日、
広島上空で原子爆弾が
炸裂した。
生徒たちは恐怖のあまり、
先生に
しがみついたのだろう

▼戦後、市内に残された
引き取り手のない遺骨は
現在の平和記念公園の
一角に集められた。
直径16b、高さ3.5bの
盛り土がされる現在の
原爆供養塔の形になった
のは、30年である。
地下の納骨室には、今も
約7万体の遺骨が眠って
いる

▼いつしか、供養塔の
周りを清掃する女性の姿が
見られるようになった。
原爆で母や兄妹ら
親族13人を失い、自身
原爆症と長年闘ってきた
佐伯(さいき)敏子さん
である。
供養塔の存在を知り、
夫や子供たちの了解を得て、
バスで通ってきていた

▼やがて、名前のわかって
いる遺骨を家族の元に返す
活動を始める。
全国から修学旅行で訪れる
子供たちに被爆体験を語る
ようにもなった。
供養塔通いは、病に倒れる
平成10年まで40年間続いた。
昨日、佐伯さんの訃報を
知った。97歳だった

▼ノンフィクション作家の
堀川恵子さんは、
佐伯さんの生涯と
引き取り手のない遺骨の
謎を追って
『原爆供養塔』(文芸春秋)
にまとめた。
堀川さんによると、
佐伯さんは
どこの被爆団体にも属さず、
「自分の目で見て、自分の
 頭で考え、自分の言葉で
 語るのだという覚悟が
 あった」。
佐伯さんの話を聞いた
子供たちから寄せられた
手紙は、トラック6台分
近くにもなる。それを
読むのが大きな喜びだった。
 (略)
(産経抄 同10/6 05:04)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

「花は誰のために咲くのか」という禅定番の問い

'17年10月6日(金)
[ヒマワリ] ブログ村キーワード

禅語に
「花は誰のために咲くのか」
という定番の問いがある。
哲学風の答えがいくつも
ありそうだが、じつは東京・
大手町の小社の屋上庭園に
この夏、とても分かりやすく
咲いた花がある
◆ヒマワリが大輪を広げた。
育てたのは名前を出すと
身びいきに映るかも
しれないので、社会部の
Y記者(31)としておこう。
なぜ彼が
水やりや土いじりをする
夏を過ごしたかというと、
6年前、京都で起きた
交通事故にさかのぼる
◆当時4歳の東陽大
(あずまはると)ちゃんは
道を歩いていて、
後から来た車にひかれて
亡くなった。運転手が
前を見ていなかったという
◆陽大ちゃんは幼稚園で
ヒマワリを育てていた。
種が母の和恵さんの手から
京都府警に渡り、そこで
育てられた花の種子が毎年、
全国各地に贈られている。
その花は誰のため何を
伝えるだろう。
先々どれだけの事故を
防いでくれるだろう
◆遺族の思いのこもった
種子を、取材記者が
京都から持ち帰ったわけ
である。
読売KODOMO新聞に
記事を載せ、秋が来て
種の提供を告知すると、
申し込みが来たという。
身内をほめるご法度を
お許し願いたい。
Yくんの庭仕事が
ほこらしい。
(編集手帳 讀賣新聞10/5)

因みに、伊藤咲子が歌った
「ひまわり娘」は
あの阿久悠の作詞である。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする