2017年10月07日

北朝鮮の報復核攻撃は日韓を道連れの無理心中

'17年10月7日(土)
[北朝鮮] ブログ村キーワード

米ジョンズ・ホプキンズ大
の北朝鮮分析サイト
「38ノース」は5日までに、
北朝鮮と米国の間で
軍事衝突が起き、北朝鮮が
日韓両国の首都である
東京とソウルを爆発規模
25キロトン
(TNT火薬換算)の
核兵器で攻撃した場合、
死者が計約210万人、
負傷者が約770万人に上る
との推計値を公表した。

米軍が北朝鮮の
弾道ミサイルを迎撃したり、
核・ミサイル関連施設を
攻撃したりし、北朝鮮が
報復した事態を想定。
北朝鮮が15キロトンから
水爆規模の250キロトン
までの核弾頭を25発配備、
全25発を弾道ミサイルで
人口密集地の
東京とソウルに発射したと
仮定し、被害規模を算出
した。

米軍の最新鋭迎撃システム
「高高度防衛ミサイル
(THAAD)」などをかい
くぐり、弾頭の80%が
爆発に至った場合、
両都市の死者は
15キロトンだと約170万人、
250キロトンでは
約380万人との結果が出た。
米国が広島に投下した
原爆は16キロトン、
長崎は21キロトンだった。
(共同)
(産経ニュース10/6 07:26)


(関連コラム)
<大き骨は 先生ならむ
 そのそばに 小さき
 あたまの骨 あつまれり>。
作者の正田篠枝(しのえ)
さんは、自らも広島で
被爆している。
昭和20年8月6日、
広島上空で原子爆弾が
炸裂した。
生徒たちは恐怖のあまり、
先生に
しがみついたのだろう

▼戦後、市内に残された
引き取り手のない遺骨は
現在の平和記念公園の
一角に集められた。
直径16b、高さ3.5bの
盛り土がされる現在の
原爆供養塔の形になった
のは、30年である。
地下の納骨室には、今も
約7万体の遺骨が眠って
いる

▼いつしか、供養塔の
周りを清掃する女性の姿が
見られるようになった。
原爆で母や兄妹ら
親族13人を失い、自身
原爆症と長年闘ってきた
佐伯(さいき)敏子さん
である。
供養塔の存在を知り、
夫や子供たちの了解を得て、
バスで通ってきていた

▼やがて、名前のわかって
いる遺骨を家族の元に返す
活動を始める。
全国から修学旅行で訪れる
子供たちに被爆体験を語る
ようにもなった。
供養塔通いは、病に倒れる
平成10年まで40年間続いた。
昨日、佐伯さんの訃報を
知った。97歳だった

▼ノンフィクション作家の
堀川恵子さんは、
佐伯さんの生涯と
引き取り手のない遺骨の
謎を追って
『原爆供養塔』(文芸春秋)
にまとめた。
堀川さんによると、
佐伯さんは
どこの被爆団体にも属さず、
「自分の目で見て、自分の
 頭で考え、自分の言葉で
 語るのだという覚悟が
 あった」。
佐伯さんの話を聞いた
子供たちから寄せられた
手紙は、トラック6台分
近くにもなる。それを
読むのが大きな喜びだった。
 (略)
(産経抄 同10/6 05:04)
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2017年10月06日

「花は誰のために咲くのか」という禅定番の問い

'17年10月6日(金)
[ヒマワリ] ブログ村キーワード

禅語に
「花は誰のために咲くのか」
という定番の問いがある。
哲学風の答えがいくつも
ありそうだが、じつは東京・
大手町の小社の屋上庭園に
この夏、とても分かりやすく
咲いた花がある
◆ヒマワリが大輪を広げた。
育てたのは名前を出すと
身びいきに映るかも
しれないので、社会部の
Y記者(31)としておこう。
なぜ彼が
水やりや土いじりをする
夏を過ごしたかというと、
6年前、京都で起きた
交通事故にさかのぼる
◆当時4歳の東陽大
(あずまはると)ちゃんは
道を歩いていて、
後から来た車にひかれて
亡くなった。運転手が
前を見ていなかったという
◆陽大ちゃんは幼稚園で
ヒマワリを育てていた。
種が母の和恵さんの手から
京都府警に渡り、そこで
育てられた花の種子が毎年、
全国各地に贈られている。
その花は誰のため何を
伝えるだろう。
先々どれだけの事故を
防いでくれるだろう
◆遺族の思いのこもった
種子を、取材記者が
京都から持ち帰ったわけ
である。
読売KODOMO新聞に
記事を載せ、秋が来て
種の提供を告知すると、
申し込みが来たという。
身内をほめるご法度を
お許し願いたい。
Yくんの庭仕事が
ほこらしい。
(編集手帳 讀賣新聞10/5)

因みに、伊藤咲子が歌った
「ひまわり娘」は
あの阿久悠の作詞である。
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2017年10月05日

体内時計に従い、不規則な生活をやめれば健康になる

'17年10月5日(木)    
[体内時計] ブログ村キーワード

夜遅くに時刻を聞かれ、
お手伝いさんが言った。
「もう、12時で
 ございます」。
森鴎外はよほど
気にくわなかったのか、
大声でどなった。
「もうとはなんだ。
 まだ12時と
 なぜいわん」
◆評論家の内田魯庵が
居宅での目撃談を随筆に
書き留めている。
寝る間を惜しんで文学に
励んだ鷗外は折にふれ、
「人間は2時間寝れば
 たくさんだ」と
語っていた
(『思い出す人々』岩波文庫)
◆はばかりながら、
理不尽ですよ、鷗外先生と
言いたくなるのは、
今や現代の多くの人が知る
医学知識のせいだろう。
「体内時計」である。
これに逆らう
不規則な生活が様々な
病気を招き寄せるらしい
◆解明は30年ほど前になる。
ホルモン分泌などの機能が
一定時刻に働くことを
発見した米国の3学者に、
ノーベル賞が贈られる
ことが決まった。
身近な例は睡眠だろう。
お手伝いさんの
「もう」は極めて正しい。
そればかりか
心配の気持ちも伝わる
◆鷗外のほか、
睡眠を削って何かに
突き進んだ人と言えば、
野口英世やナポレオンが
浮かぶ。芸能界では
明石家さんまさんに似た
風評がある。
立志伝を読むとき、
くれぐれも
影響されませぬよう。
(編集手帳 讀賣新聞10/4)
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2017年10月04日

研究者はノーベル賞を目標にしているわけではないが

'17年10月4日(水)
[ノーベル賞] ブログ村キーワード

物理学者の湯川秀樹が
昭和24(1949)年に、
日本人として初めて
ノーベル賞を受賞した
ことは誰もが知っている。
ただそれ以前にも、
血清療法を創始した
北里柴三郎や黄熱病の研究で
知られる野口英世ら、
候補に挙がった日本人も
少なくない

▼そのなかでもっとも賞に
近づいたとされるのが、
病理学者の山極勝三郎で
ある。その生涯を描いた
映画が昨年末に公開されて、
話題になったばかりだ。
東京帝大教授だった山極は、
ウサギの耳にコールタールを
塗り込んで、皮膚がんの
発生に成功する

▼もっともそれより
2年早い1913年に、
デンマークのフィビゲルが
寄生虫に感染した
ゴキブリをネズミに食べ
させて、胃がんを作ったと
発表していた。
2人は26年のノーベル医学・
生理学賞の候補者として
最後まで残り、フィビゲルが
受賞する。ところが26年後、
フィビゲルの研究の誤りが
明らかになった。
ノーベル賞の歴史の汚点の
一つに数えられる

▼山極は、世界初の
人工がんの作製者の栄誉を
取り戻した。それでも、
「幻のノーベル賞」に
終わったことに、
日本の学界としては納得が
いかない。日本人だから、
差別されたのではないか。
そんな疑問の声が根強く
残った

▼ただ科学史の専門家に
よると、戦前であっても
ノーベル賞の選考は
おおむね公平に行われて
きた。まして21世紀の
科学の世界で、国籍や
人種によって研究成果の
評価が変わるとは、とても
思えない。
ここ数年のノーベル賞の
日本人受賞ラッシュを
見ても、明らかである

▼今年も、
医学・生理学賞を皮切りに、
ノーベル賞の発表が
始まった。日本人は
はしゃぎすぎ、との批判の
声もある。
わかっちゃいるけど、
夕方のニュース速報に
一喜一憂する、特別な
1週間である。
(産経抄 産経ニュース10/3 05:04)
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2017年10月03日

競り勝つ畑岡奈紗が見たかった日本女子オープン連覇

'17年10月3日(火)
[畑岡奈紗] ブログ村キーワード

ゴルフ・日本女子オープン
最終日(1日・千葉我孫子
GC=6706㍎、パー72)――
首位で出た畑岡奈紗が
2位に8打差をつける
通算20アンダーで圧勝し、
アマチュアだった昨年に
続いて連覇を達成した。
18歳261日での
国内メジャー2勝目、
ツアー3勝目は、
これまでの最年少記録を
更新した。
2位は12アンダーの
申ジエ(韓国)。
アマチュアの小倉彩愛
(さえ)(岡山操山高2年)が
11アンダーで3位に入り、
ローアマを獲得した。
鈴木愛は10アンダーで
4位だった。

大観衆の中を、畑岡が
ゆっくりと歩いていく。
最終18番。
「すごく見られている」。
観衆に笑顔を見せる。
2位には8打差。
国内メジャー2勝目は、
雰囲気を楽しむ余裕が
あった。

一人だけ異次元のゴルフ
だった。
厳しいピンの位置に
多くの選手が苦しむ中、
次々とバーディーを重ねた。
パー5で2オンを
可能にするドライバー、
ピンを直接狙えるアイアン
ショット。
「テンポだけを気をつけた」
というパットもさえた。

そんなプレーができたのは、
「20アンダー」の目標を
掲げたからだ。
「優勝争いの相手が
 目の前にいると、
 自分のプレーができない
 ことがあるけど、
 『20』という明確な目標が
 あれば、それだけに集中
 できる」

4日間を通して、スイングは
一切乱れなかった。
今季、米ツアーの厚い壁に
はね返されたが、
トレーナーから
「(今、成績が)悪くても、
 トレーニングしていれば
 必ず良くなるから」
と励まされ、足腰の強化を
続けてきた。それが生きた。

この勝利で、
米ツアーへの思いは
いっそう強まった。
「色々な国籍の同世代の
 選手と競り合える
 プレーヤーになりたい。
 今は(行きたい気持ちが)
 9割くらい」。
米ツアー挑戦1年目の今季は、
「気持ちばかり空回りした」。
次は、万全の状態で
世界に挑むつもりだ。
(小石川弘幸)
(讀賣新聞10/2 21(スポーツ)面)


宮里藍の体格を
米ツアー参戦には
懸念材料だと思った。
畑岡は宮里より
4a大きな1b58。
ころころしていて
パンチ力はありそう
である。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする