2017年08月18日

ウサイン・ボルトだって、レース前は必ず祈った

'17年8月18日(金)
[勝利] ブログ村キーワード

ギリシャ神話の女神に、
翼も凛々しいニケ
(Nike=勝利)がいる。
ギリシャのサモトラケ島で
発掘された
「サモトラケのニケ」像を、
パリのルーブル美術館で
ご覧になった方もあろう。
頭部を欠いても美貌の
しのばれる女神である
◆彼女には、ビア(暴力)、
クラトス(権力)という
コワモテの姉妹がいた
そうだが、人気では
ニケ様にかなわない。
スポーツ用品の世界的な
ブランドのほか、
ニコラス、ニコルといった
人名にもその名をとどめて
いる
◆勝利の女神といえば、
移り気で、気まぐれな
いたずら好きと相場が
決まっている。
これほど愛されつづけた
人もめずらしい
◆陸上の男子短距離、
ウサイン・ボルト選手(30)
(ジャマイカ)が現役を
引退した。
金メダルは五輪8個、
世界選手権11個。
100b9秒58。
“人類最速の男”の伝説は
天に向けて弓を引く
ポーズと共に、人々の
記憶のなかで
輝きつづけるに違いない
◆昨年のリオ五輪が
終わった頃、
「読売歌壇」に載った
一首を切り抜いてある。
<十字切り
 ウサイン・ボルトが
 仰ぐとき
 神はこの世に
 いるとおもえり>
(館山市・山下祥子)
ニケ様だろう。
(編集手帳 讀賣新聞8/16)
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2017年08月17日

八月の六日九日十五日、若者のための重要事項記憶法

'17年8月17日(木)
[戦争体験] ブログ村キーワード

俳句は類似句との闘い、と
いわれる。
わずか17文字の短詩ゆえに、
そっくりの作品が
先行している可能性は常に
ある。
千葉市の元法務省職員、
小林良作さんも同じ問題に
直面した。
「八月の六日九日十五日」。
平成26年に所属する
俳句結社に投稿した作品で
ある

▼昭和19年生まれの
小林さんには、
直接の戦争体験はない。
ただ父親は、戦火により
事業を失った。
両親の苦しむ姿を、
日本人にとって忘れることの
できない日付に重ねて
詠んだものだ。
ところが、冒頭を「八月や」
とする句が、すでに多くの
人に詠まれている事実を
知らされた

▼最初の作者は誰だろう。
調べを進めると、広島県
尾道市の医師、
故諫見(いさみ)勝則さんに
行き着いた。
長崎県諫早市出身の
諫見さんは、海軍兵学校
時代に江田島から広島の
原爆のきのこ雲を目撃して
いる。
戦後、長崎医科大学を出て、
広島、長崎の被爆者の
診察も行った。
その諫見さんが
平成4年の夏、診察室の
カレンダーを見ながら詠んだ
作品が最初、との結論を得た

▼「俳句探偵」の
リポートは
『八月や六日九日十五日』
(「鴻」発行所出版局)
として昨年出版された。
小林さんは新たな情報を得て、
調査を続行中である。
類似句は今後も多くの人に
詠まれていくだろう

▼ただ昨日(14日)朝の
NHK番組で、野球評論家の
張本勲さんのインタビューを
聞いていて不安になってきた。
広島市に住んでいた
張本さんは5歳で被爆し、
姉を亡くしている。
その体験を講演などで
積極的に話すようになった
のは、約10年前からだ。
どこに原爆が落ちたのか
知らない、という若い世代
の声を耳にしたからだという

▼「八月や」の句について、
何を詠んでいるのかわから
ない。まさかそんな若者は、
いるはずがないと信じたいが。
(産経抄 産経ニュース8/15 05:03)

参考までに、
1945年8月6日
午前8時15分、広島市に
同8月9日午前11時2分、
長崎市に原子爆弾が投下
され、
同8月15日は終戦記念日
である。
この15日には、
全国戦没者追悼式が行われ、
正午から1分間、
そのときいるところで
黙祷する人が多い。
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2017年08月16日

メジャーに勝てる人になりたいと誓った松山英樹

'17年8月16日(水)    
[松山英樹] ブログ村キーワード

13日に米ノース
カロライナ州シャーロットの
クウェイルホロー・クラブ
(パー71)で行われた
男子ゴルフの今季メジャー
最終戦、全米プロ選手権の
最終ラウンドで
松山英樹はスコアを一つ
落として通算5アンダーの
5位で日本男子初の
メジャー制覇を逃した。
24歳のジャスティン・
トーマス(米)が
8アンダーでメジャー初制覇。

「ここまで来た人は
 いっぱいいるし、
 ここから勝てる人と
 勝てない人の差が
 出て来る。
 勝てる人になりたい」。
悔し涙をぬぐった松山が、
前を見つめてきっぱりと
言った。

前半を首位で折り返したが、
そこから自分のプレーを
させてもらえなかった。
後半9ホールはパーが
一つだけで、3バーディー、
5ボギー。
トーマスは
同じ3バーディーながら、
ボギーはほぼ勝利が
決まった後の18番だけ
だった。

「(トーマスは)
 難しいホールで
 素晴らしいプレーを
 していた。
 自分は自信を持って
 打てる技術がないのかな」
と差を認めた。

だが、トーマスも
楽に頂点にたどり着いた
わけではない。2か月前の
全米オープンでは
3日目に63を出して
2位に浮上しながら、
最終日に75と崩れて
9位に終わった。
「あの経験がいい予習に
 なった」とトーマス。
メジャーで優勝を争う
重圧を知っていた点で、
松山より一日の長があった。

今年のメジャー4大会で
全て15位以内に入った
のは、全米オープン覇者の
ケプカ(米)と松山しか
いない。
「場数が増えれば
 チャンスも増える。
 1回が当たるように、
 もっともっと
 チャンスを増やして
 いきたい」と松山。
(米ノースカロライナ州
 シャーロット 三室学)
(讀賣新聞8/15 19(スポーツ)面)


緊張はショートホールに
出るものなのか。
前半の6番でトーマスが
パーのところで松山が
バーディーをとっている
ものの、後半の13番で
トーマスがバーディー、
松山がボギー、
17番でトーマスが
バーディー、松山が
パー、この2ホールで
3打差が生まれている。

コースレコードタイを
記録した、ファイアストーン
CCの時とは違って、後半、
松山は長めのミドルホール
の攻略にも4ホール失敗
している。

日本ゴルフツアー機構の
青木功会長は、
松山のメジャー初制覇失敗を
重圧に負けたと解説した。

参考
ファイアストーンCC「61」、ウッズと松山の攻略法 
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

韓国の隣には、日本という、こんな国があったんだ

'17年8月15日(火)
[韓国] ブログ村キーワード

韓国は今、
空前の日本観光ブームだ。
そんな中、韓国に住む
外国人からも
「休みに日本に行ってきた」
「日本を旅行したい」
という話を直接、間接的に
聞くことがよくある。
多くは、欧米や東南アジア
からの駐在員家族や留学生
らだ。

異国の韓国に住みながらも、
隣国の日本には
一度も行ったことが
なかったという人が語る
日本の初印象は、
韓国人から耳にする内容と
同じだ。
「清潔で街がきれい」
「秩序正しい」「親切」
「品がある」
「あらゆる品物の手が
 込んでいる」

ただ、根底には明らかに
日常生活を送る韓国との
「第三者」としての比較が
あり、興味深い。
「物価が高いという
 先入観があったけど、
 食べ物が多彩で韓国より
 安くておいしかった」
「牛丼や回転ずしを
 また日本で食べたい」
といった話をよく聞く。

中には、辛い韓国料理に
飽き、日本で何種類もの
即席麺を買い込んできて、
ソウルで味の違いを
楽しんでいるという
東南アジアからの駐在員
夫人もいる。

「韓国の隣にこんな国が
 あったんだ」という
“発見”は、日本への
興味を深めるきっかけにも
なっているようだ。
日本を旅行する多くの
韓国人と同じく、彼らにも
日本は、近くでお手軽、
かつ韓国生活からの
リフレッシュができる場所
となっている。(名村隆寛)
(外信コラム ソウルからヨボセヨ
 (もしもし)
 産経ニュース8/14 10:16)


(それなのに、なぜ、
 反日感情が
 固定化してしまうのか)

韓国・ソウル市の中心部と
北部を結ぶ路線バスが
14日、慰安婦像を乗せて
運行を始めた。9月末まで、
同路線の5台の座席に
強化プラスチック製の
慰安婦像を固定。
市民団体などが8月14日を
慰安婦問題の記念日と
位置付けていることから、
運行会社社長が企画した。

運行する民間企業
「東亜運輸」(ソウル市)の
林真U社長は
「個人的な企画で、
 ソウル市の事業と無関係」
としている。
ただ、朴元淳市長は14日朝、
慰安婦像を乗せたバスに乗り、
慰安婦問題に積極的に
取り組む姿勢をアピールした。

このバスはソウル市中心部に
ある日本大使館公報文化院
近くを通過する際、慰安婦を
描いた昨年の韓国映画
「鬼郷」の一場面の音声を
流すという。

この路線は日本人観光客が
多く訪れる南大門市場や
ロッテ百貨店なども通る。
(共同)
(同8/14 09:01)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

後輩たちが先輩たちの悲願を叶えるバトンのリレー

'17年8月14日(月)
[バトン] ブログ村キーワード

何年前だったか。
辛口のプロ野球評論で鳴らす
豊田泰光さんが、
「8月15日」に寄せて
コラムを書いていた。
豊田さんが西鉄入りした
昭和28年は、戦争の影が
まだ残っていたらしい。
応召し、戦地に赴き、復員
した一世代上の選手が
各球団にいた

▼その多くは長続きせずに、
ユニホームを脱いでいる。
「おれはもう終わりだから、
 おまえらに渡す」。
西鉄を去る先輩の言葉が、
耳から離れなかったという。
「戦争がなければ
 全うしていたはずの
 選手生活の残りを
 渡すから…という
 意味だったと思うと、
 切ない」
(『豊田泰光 108の遺言』)

▼やがて華やかな時代を
迎える球界だが、
ベンチ裏では誰に聞かれる
こともなく虚空に消えた
「復員選手」の哀歌が
いくつもあったに違いない。
「オレは確かにバトンを
 受けました」とつづった
豊田さんも、
昨年8月14日に他界した

▼渡す人がいて、
受ける人がいる。
その作業を繰り返し、
わが国は戦後72年の
歳月を歩んできた。
今を生きる世代がなすべき
ことは記憶という繊細で
壊れやすいバトンの感触を
手のひらで確かめ、
次の世代に渡すことに
ほかならない。
(後略)
(産経抄 産経ニュース8/13 05:03)

男子400bリレーで日本は
リオ五輪で銀メダル、
開催中のロンドンの
世界陸上で、銅メダルを
獲得した。
100bで10秒を切りそうな
選手が揃ったこともあるが、
短距離走の先輩たちの研鑽が
バトンリレーされている。

全米プロで
松山英樹がメジャー初優勝に
絡む活躍をしている。
本人は全米オープン
2位タイの実績もあるが、
中嶋常幸(全米プロ3位)、
青木功(全米オープン2位)
など、先輩たちの悲願も
後押しになっている。

因みに、女子では
樋口久子が全米プロに優勝
している。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする