2019年04月26日

緊張感を持った運転を、車は無差別殺人の凶器になる

'19年4月26日(金)

ケース1
熊本市中央区の国道で
22日、トラックと
ミニバイク、こども園の
送迎バスなど5台が衝突し
2人が死亡、7人が負傷
した事故で、熊本南署は
24日、司法解剖の結果、
トラックを運転した熊本県
宇土市松山町、会社員中森
政光さん(44)の死因が
内因性心疾患による病死
だったと発表した。
署は運転中に発作を起こし、
ハンドル操作を誤った
可能性があるとみている。

署によると、中森さんの
車がスピードを緩めず
交差点でバイクと
衝突した後、対向車線に
はみ出し、乗用車と後続の
バスに衝突。
その後、バスが反動で別の
乗用車に衝突したと
みられる。

中森さんとバイクの
男性(84)が死亡した。
(共同通信社4/24 14:40)
※予兆を感じていた
としたら
運転する者の責任を
果たしていないことに
なる。


ケース2
東京都豊島区東池袋で
乗用車が暴走し10人が
死傷した事故で、車を
運転していた
飯塚幸三さん(87)が
事故前に足を痛め、
通院していたことが22日、
捜査関係者への取材で
分かった。歩く際につえを
使う姿も度々目撃されて
いた。警視庁は飯塚さんの
運動機能の低下が運転に
影響した可能性もあると
みて調べている。
捜査関係者によると、
飯塚さんは片足を痛め、
通院していた。
近隣住民によると、
約1年前から出歩く際は
つえを使っていたという。
2019年1月以降は
自宅マンションの機械式
駐車場に車を止めようと
して、うまく車庫に入れる
ことができない様子が目撃
されていた。
事故で死亡した
松永真菜さん(31)と
長女の莉子ちゃん(3)を
亡くした真菜さんの夫は
22日、代理人を通じ
「いまだ妻と娘の死と
 向き合うことができま
 せん。当たり前のように
 一緒に生きていけると
 思っていた大切な2人を
 失い、失意の底にいます」
とするコメントを出した。
(日本経済新聞4/23 0:43)

ケース3
神戸市中央区の
JR三ノ宮駅前で市営バスが
歩行者8人をはねて死傷
させた事故で、自動車運転
処罰法違反容疑で逮捕
された男(64)が
「いつも通りの発進動作を
 していた。なぜ事故が
 起きたか分からない」と
説明していることが24日、
捜査関係者への取材で
分かった。兵庫県警は、
男がドアを閉めるなどの
発車準備をしていて前方を
見ないまま、ブレーキと
間違えてアクセルを踏んだ
との見方を強めており、
慣れた動作の中での不注意が
事故を招いたとみて
実態解明を進める。

神戸市などによると、
男は同市営バスの運転手歴
33年のベテラン。事故を
起こした現場の信号が
変わる間隔なども熟知し、
事故当日も同じルートを
午前中に2度運転していた。

捜査関係者によると、
バスのドライブレコーダー
には、男がバス停
「地下鉄三宮駅前」で
乗客を降ろした後、ドアの
開閉スイッチを押したり、
ミラーで後方確認したり
する様子が写っていた。
こうした動作は
通常停車時に行うが、
この時点でバスは走り
だしており、直後、
横断歩道に突入し歩行者を
はねた。

同容疑者は逮捕直後、
「発進作業していたところ、
 ブレーキを踏んでいたが
 急発進した」と供述して
いたが、その後、
「ブレーキは思い込みで
 アクセルだったかも
 しれない」と話している
という。

事故は21日午後に発生。
20代の男女2人が亡くなり、
20〜50代の男女6人が
重軽傷を負った。
(神戸新聞4/24 14:10)

24日、娘の夫の弟の
妻が交通事故で搬送
された。
貰い事故だが、
子細は分からない。
車は前だか後だか、
大破しているという。
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2019年04月25日

禍のないのは福だし、福を求めるのは禍である

'19年4月25日(木)

福莫大於無禍 禍莫大於求福
 呂新吾(呻吟語)

(さいわい)は禍
(わざわい)なきより
大なるはなし 禍は福を
求むるより
大なるはなし

人間には、さまざまな
欲望がある。
金銭への欲望、性への欲望、
上位に立ちたい欲望、、
そして幸福になりたいと
いう欲望。

しかし、こういった欲望
ばかりに目を向けて、
なりふりかまわぬ行動を
とると、結局は身の振り方を
誤ってしまう。あるいは、
欲望の対象を手に入れた
としても、心いやしい
人間になってしまう。
そこで、呂新吾はこう説く。
「不孝のないことが、
 何よりも大きな幸せ
 である。
 幸せを手に入れようと
 あくせくするのが、
 何よりも大きな不孝
 である」

小林一茶に、
「めでたさも 中くらい
 なり おらが春」という
句がある。
この句の「中くらい」が、
理想なのかもしれない。
あまり求めすぎると
精神衛生によくないし、
結果もよくない。
「菜根譚」にもこうあった。
「減らすことを考えないで
 増やすことばかり考えて
 いる人間は、まったく
 この人生を
 がんじがらめに縛って
 いるようなものだ」
(守屋洋 中国古典「一日一話」
 三笠書房知的生きかた文庫)


裏日本生まれの友人が
いた。厳冬期には、
「今日一日、何事もなくて
 幸せだった」と思って
床につく、と語るのを
聞いたことがある。

序でながら、彼の名は
能崎知文。
ヨットで世界一周を終え、
沖縄海洋博に合わせて、
セレモニー会場の港に
入港した。

そして、67歳で台風の海に
高波にさらわれて散った。
生涯、好きに福を求めて
生き、幸せな
人生だったに違いない。

参考
人生を棒に振ろうという呼び掛けに応じた男  
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

宗教的に寛容な日本だから、海外渡航はそれに注意を

'19年4月24日(水)

(河北新報)
太平洋戦争中、
英国の植民地だった
スリランカで現地の人々が
日本兵を助けたという
秘話が残る。重傷を負った
ゼロ戦の飛行士を
僧侶に率いられた漁民が
助けて寺院でかくまい、
日本軍に送り届けた。
スリランカの映画監督が
語っていた
▼スリランカは戦後、
日本に救いの手を
差し伸べた。有名なのは、
元大統領の
ジャヤワルデネ氏が
1951年のサンフランシスコ
講和会議で行った演説。
ブッダの言葉を引用し、
「憎悪は憎悪によって
 やむことはなく、
 愛によってやむ」と語り、
対日賠償請求権の放棄を
宣言。日本の
国際社会復帰を訴えた
▼大の親日家。
死後、片目の角膜を日本人
女性に提供した。両国は
今も経済分野でつながりが
深い。東日本大震災と
スマトラ沖地震の被災地
同士の交流もあった
▼そのスリランカで悲劇が
起きた。コロンボの
ホテルやキリスト教会
などで発生した連続爆破
テロ事件。約290人が
死亡し、現地在住の日本人
女性が犠牲になった。
卑劣な手口に強い憤りを
覚える
▼当局はイスラム教徒を
拘束したという。
83年から25年以上続いた
内戦は、ヒンズー教徒
中心のタミル人と仏教徒
中心のシンハラ人の争い
だった。近年は仏教徒と
イスラム教徒の衝突が続く。
どの宗教も愛をうたって
いる。なのに、
憎悪の連鎖が止まらない。
(河北春秋 河北新報ONLINE NEWS4/23)

(日本経済新聞)
スリランカ南東部の
カタラガマという街は、
訪れる人たちが絶えない。
寺院にまつられている、
地名と同じ名前の神は、
どんな願いもかなえて
くれるのだそうだ。
事業に成功したい人、
試験に合格したい人……。
毎年夏に開かれる大祭の
時期は、参拝者であふれ
かえる
▼じつはカタラガマ神は、
仏教徒にとってもヒンズー
教徒にとっても信仰の
対象だ。しかもこの地は、
イスラム教徒を含め、
宗教を超えた巡礼地に
なっている。にぎわいの
大きな理由だろう。異なる
民族の人たちが一緒に祈る。
多様性を理解して、互いの
文化と混じり合いながら
共存する。多民族国家の
知恵がうかがえよう
▼人々の融和に心を砕く
国だけに、大勢が
亡くなった卑劣な
連続爆破テロは政府や
国民にとって衝撃だ。
あわせて6カ所の
高級ホテル、教会でほぼ
同時に爆発が起き、周到に
計画された可能性があると
いう。邦人の死傷者も出た。
長期にわたり抗争を続けた
過激派組織の活動は
収束していたが、新たな
芽が育っていたようだ
▼テロは外国人やキリスト
教徒を標的にしたものとの
見方が強まっている。
今回の凶行とのかかわりは
不明だが、スリランカでは
この数年、他の宗派を
狙った襲撃事件が増えて
いる。憎しみ、差別、
不寛容……。感情が積み
重なって、テロへと
つながる。温床を断つには
どうしたらいいだろう。
カタラガマ神に聞いて
みたい。
(春秋 日本経済新聞4/23nikkei.com)

(毎日新聞)
それは頂上の岩にある
人の足跡のような形の穴
である。仏教徒は
ブッダの足跡だといい、
ヒンズー教徒はシバ神の
ものと信じている。
イスラム教徒とキリスト
教徒には人類の祖アダムの
足跡と信じられている
▲スリランカ第2の高峰
スリー・パーダ
(シンハラ語で
 聖なる足跡)は英語名
アダムス・ピーク。
宗派を超えた聖地となり、
険しい山道を老若男女が
登る。その昔には、
マルコ・ポーロも
イスラムの旅行家イブン・
バットゥータも訪れた
▲その旅行記には当時から
急坂には鎖が備えつけられ、
異教徒が一緒に参拝する
様子が描かれている。
この島の宗教の多彩さと
その共存を象徴する聖山で
ある。そんな歴史と人々の
日常を切り裂くように
噴き出した悪意と暴力で
あった
▲狙われたのはキリスト
教会や外国人の多い高級
ホテルだった。
スリランカのコロンボと
近郊の計8カ所で起きた
爆発は多くは自爆テロで、
日本人1人を含む300人
近い命を奪った。
同国国防相は
「宗教的過激組織」の犯行
と述べる
▲仏教徒が大半の
シンハラ人主導の政府と
ヒンズー教徒の多い
タミル人過激組織の内戦は
10年前に終息している。
近年も仏教徒による
イスラム教徒襲撃などが
あったが、これほど高度に
組織されたテロ攻撃は
当局の想定外だったようだ
▲宗派間の不信をあおり、
恐怖によって人々の心の
支配を図るテロの非道だ。
何事もなく時を積み重ねる
聖山のように、
諸宗派住民の共生する
日常を静かに守り抜く
スリランカ国民の
「テロとの戦い」である。
(余録 毎日新聞4/23デジタル毎日)
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2019年04月23日

五重塔を手本とし、心の免震性を高めよと玄侑宗久禅師

'19年4月23日(火)

性格が強い、弱い、という
のは、どうも分かりにくい。
一般的には、自分の思いや
主張を何が何でも通そうと
するのが「強い」のだろう
し、困難ならすぐにでも
変化させるのが「弱い」の
かもしれないが、本当に
そうだろうか?

道場の先輩で、決して
「誰にも口答えしない」
と決めていた人がいた。
誰にも口答えしない、と
いうのは世間では明らかに
「弱い」態度だが、それを
非常に「強く」守ろうと
するその先輩は、けっして
弱いとは思えなかった。
じつはその先輩、「老子」の
愛読者で「柔弱」の思想に
なじみ、戦うことの
無意味や受け身に徹する
凄さも充分知っていたの
である。

老子は幼児や女性、
あるいは水などをモデルに、
「柔弱」という在り方を
究めていった。
どんな場面でも相手に応じ、
そこに親和的な空気をつくり、
周囲に愛される存在になる
ことで逆に自分の思いが
叶っていく。その考え方は
荘子にも受け継がれ、
百パーセント受け身に
徹することで精神はむしろ
自由であり得るのだと
考えられていく。

こうした考え方
(老荘思想)は、古代中国
では政治的な立場を持たない
庶民たちに絶大な支持を
得ていく。私自身は、
東日本大震災という未曾有
の災害の最中にこの先輩の
ことを憶いだした。
そういえば和語の
「しあわせ」の語源は、
どんな状況にも
「仕合わせ」、うまく
受け身ができたことを
讃えたのではなかったか。
古代には
「那為(ない)
 (あの方のなさること)」
と呼ばれた地震、そして
俄に放出された無主物
(放射能)の中で、私は
そうして自由を取り戻して
いったような気がする。

当時はなぜか五重塔の
ことも何度か想った。
あれは元々仏舎利を祀る
ための塔(ストゥーバ)
だが、日本には
神社仏閣に所属するもの
だけで四十七基もある。
観光用のものも入れると
百基を超すというから、
中国・韓国に一基ずつしか
残っていない現状から
すれば驚異的である。
仏舎利もなく、これほど
地震が多かったのに、
いったいどういうわけで
そんなに造られたのだ
ろうか。

じつはこれまで存在した
五重塔で消滅したものが
四基ほどあり、いずれも
落雷による火災や延焼、
付け火などで、地震で
倒れたものは一基もない。
おそらく五重塔とは、
古代から最も怖れられた
地震への、果敢なる挑戦
なのではないだろうか。

他のシステムもあるよう
だが、多くの五重塔では
心柱が浮いている。
大きな地震が来ると、
中心になる柱が揺れるのだ。
通常の建物では考えられ
ないことだが、五重塔は
それによって重心をずらし、
倒れないバランスを保つ
という。これこそ究極の
「柔弱」というべきだろう。

他人の批判や強風に曝され
たとき、きっと人は
自分の芯だけは守ろうと
する。
芯とはこれまでの歴史でも
あり、プライドでもある。
しかしその大切な芯を、
五重塔はあっさり揺らす
のである。五重塔とは、
地震にさえ「仕合わせ」る
手本を見せてくれている
のではないか。

思えば意に沿わない事態や
嫌な奴など、地震や
放射能に比べればさほどの
ことはない。五重塔の
ように芯まで揺らし、
起き上がり小法師の如く
揺れを楽しめればいい。
しかし言うは易く、
行なうのは相当難しい。
道場の先輩も結局は
一番上の立場になり、
「誰にも口答えしない」
のはいいが、つまりは
口答えすべき相手がいなく
なってしまった。

そうなると今度は柔弱を
後輩たちに強制しはじめた。
「口答えしない」修行を
させるため、横暴なことも
言いだしたのである。
これが私には「強さ」に
見えず、人間の「弱さ」に
見えたのは言うまでもない。

修行だと思えばあらゆる
弱さを甘受する強さが
持てるのに、それは
理想的なものとして
指導されはじめた途端に
あえなく潰えてしまう
のだ。さても強さ弱さは
難しい。
(僧侶・作家玄侑宗久
 受け身に徹する強さもある
 PHPNo.252‘19/5)


参考
玄侑宗久
臨済宗妙心寺派福聚寺住職
2001年「中陰の花」で
第125回芥川賞受賞
(記事注記)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月22日

外国人労働者の受け入れ、ドイツの難民政策に学ぶ

'19年4月22日(月)

難民政策 ドイツの現実

2015年以来、
約170万人の難民認定を
求める人々が流入した
ドイツで、その影響が尾を
引いている。
先月発行の週刊誌
「シュピーゲル」は、
難民不認定などで
在留資格のない外国人の
送還が進んでいない
現状を特集で伝えた。

記事によると、ドイツから
出国義務がある約24万人
(うち半分が
 難民不認定者)の中で、
昨年送還できたのは
約10分の1の
約2万4000人にとど
まった。
送還の飛行機に搭乗
させる際、抵抗を防ぐため、
拘束員を使用したケースが
昨年(1〜11月)300回
あった。

同誌は送還が進まない背景
として、こうした抵抗に
加え、送還前に一時収容
する施設や送還に従事する
警察官の不足、さらに
引き受けに非協力的な、
移民・難民の出身国が多い
ことなども指摘している。

翌週の同誌は、ドイツ
各地で急増する
「水たばこバー」が脱税や
組織犯罪の温床になって
いるとして、警察が取り
締まりを強化している
実態をルポしている。
経営者の多くはトルコ系や
アラブ系で、バーを巡る
状況は移民社会のヤミの
部分だ。

移民・難民をめぐる問題の
深刻化に関して、先に来日
したメルケル首相の発言は
印象深かった。
慶応大学(東京都港区)で
行った学生との対話集会で、
「難民受け入れのために、
 どのような政策が考え
 られるか」という趣旨の
質問に対しメルケル氏は
次のように率直に返答した
のである。
「1960年代初めから
 トルコ人を
 ガストアルバイター
 (外国人労働者)
 として受け入れたが、
 今では300万人に達し、
 第3、4世代となって
 いる。ただ独社会に
 よりよく同化
 (統合)されていくかは
 わからない。同化される
 移民もいるが、トルコ
 本国から妻を連れてきて、
 世代が経過しても同化
 されない者もいる」

ドイツで出生し独国籍を
取得していても、
家庭では母国語が使われ
ているために、十分な
独語能力がない移民系の
住民は多い。それが
低学歴や高失業率につな
がり、犯罪やテロの遠因
ともなり得る。

さらにメルケル氏は
「不法入国との戦いは
 決然と進めねばならない。
 (地中海を渡る難民の
  送り出し国である)
 リビアで沿岸警備隊を
 訓練し、
 (取り締まりを強化
  することで)
 密航業者の
 船に乗ることは無意味な
 ことを分からせるように
 した。そして、我々が
 誰を受け入れるのか、
 受け入れないのかを
 決める」と語った。
欧州域外との境界の管理を
厳格化し、難民に該当する
人だけを受け入れる姿勢を
明らかにしたのだ。

15年夏のシリア難民などの
受け入れの際は、人道的な
決定が称賛されたメルケル氏
だったが、日本で語った
発言は現実の厳しさを反映
している。
政府トップの発言は重い。
ドイツの現実を醒めた目で
見た方が、日本にとっても
参考になることが多いだろう。
(編集委員三好範英
 ワールドビュー
 讀賣新聞4/21 7(国際)面)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする