2017年02月22日

かわいい子には旅を、だが家出は帰る家がある子の特権

'17年2月22日(水)    
[家出] ブログ村キーワード

ロードムービーと呼ばれる
映画のジャンルがある。
主人公が旅の途中で
遭遇したさまざまな
出来事を描いていくものだ。
青森県鶴田町の道の駅で
先週末、地元の警察に
逮捕された18歳の少年は、
旅の途中でどんな人たちと
出会い、何を思ってきたの
だろう。

▼少年は昨年9月上旬に、
横浜市の自宅を家出した。
12月中旬ごろには、
大阪府守口市の飲食店の
駐輪場から、
ロードバイクを盗み出して
いる。その自転車で、
青森県まで約900`を
約2カ月かけて走行して
いた。逮捕された時は、
所持金はわずか数円、
3間何も食べていなかった。
真冬の東北地方で、野宿を
続けていたという。
よく行き倒れなかった
ものだ。

▼「わたしは、
  同世代のすべての
  若者はすべからく
  一度は家出をすべし、
  と考えています」。
かつて劇作家の寺山修司は、
「家出のすすめ」を唱えて
物議を醸した。
半世紀以上も前の話だから、
少年は知るまい。
影響を受けて家出して
きた少年少女が、
次々に寺山を頼ってきた
という。

▼ところが、
「昨今、出るべき家が
 ない」と嘆くのは、
脚本家の小山内(おさない)
美江子さんである。
「家出」をテーマにした
随筆に書いている。
「帰宅しなくても
 無断外泊だろうぐらいに
 しか思わない家族の絆の
 希薄さは、どれほど
 “家出”という言葉の
 魅力をとぼしいものに
 しているか分からない」と。

▼少年の家族は警察に
行方不明の届けを出して
いた。
くわしい家庭の事情は不明
である。
少なくとも少年には、
「出るべき」そして
「帰るべき」家があった。
大阪から青森まで
走りきったエネルギーを、
今後は勉学や仕事に向けて
もらいたい。

▼もちろんその前に、
盗んだロードバイクの
持ち主である高校生に、
誠意をもって謝罪しな
ければならない。
(産経新聞 産経新聞2/20)

子どものころ、夏休みに、
隣の同級生と洞窟に住む
虫取り名人の老人のところに、
家には泊まってくると
断って、出かけた。

夜になると、うどんを
つくってくれた。
蚊を退治するために、
洞窟をたき火でいぶした。

しばらくすると、
遠くの方から、われわれの
名を呼びながら、
何本かの懐中電灯の明かりが
近づいてきた。

家に連れ帰られたが、
小言は一言もなかった。
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2017年02月21日

孤立する虎狼の心の北朝鮮は何処に向かうのか

'17年2月21日(火)
[北朝鮮] ブログ村キーワード

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党
委員長の異母兄、金正男氏が
殺害された事件で、
マレーシア警察は19日、
記者会見し、逮捕済みの
実行犯の女らのほかに、
逃亡中の男を特定した
として、北朝鮮国籍の
容疑者4人の氏名などを
公表した。
【クアラルンプール=吉村英輝】
(産経新聞2/20 1面)


中国商務省は18日、
北朝鮮産の石炭の輸入を
19日から年末まで、
一時的に停止すると発表
した。
昨年9月の北朝鮮による
核実験を受けて国連安全
保障理事会が採択した
制裁決議を履行するための
措置としている。

核・ミサイル開発を進める
北朝鮮に対し、トランプ
米政権がより強硬な措置を
取るとの見方が強まる中、
中国としては制裁決議を
着実に実行する姿勢を
アピールし、米側に
対話路線への復帰を求める
狙いがありそうだ。
北朝鮮の金正男氏殺害事件が
中国の判断に影響した
可能性もある。
【北京=西見由章】
(同紙 5(総合)面)

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2017年02月20日

北朝鮮よりも得体の知れない誇り高き国、韓国

'17年2月20日(月)
[韓国] ブログ村キーワード

韓国の世論調査で
「好きな国・嫌いな国」を
やると昔から
「嫌いな国」はだいたい
日本がトップだった。
と同時に
「お手本にすべき国は?」
というとこれもいつも
日本がトップだった。
したがって韓国人の
日本イメージは
「嫌いだが学ぶべき相手」
ということになるのだが、
日本人からすると矛盾した
感じで
「よく分からんなあ…」
となる。

それでも「嫌い」だけ
ではないのでいつも
ホッとさせられたものだ。
近年そうした
「お手本にすべき国は?」
などという調査はあまり
目にしなかったのだが先日、
「韓国人が選んだ
 最も魅力的な国民は?」
という世論調査の結果を
見つけた
(中央日報、16日付)

それによると
ドイツが1位で23.6%、
2位は日本で13.3%、
3位がスイス10.9%、
4位米国8.5%…
といった順になっていた。
つまり韓国人にとって
日本国民は大いに魅力的な
存在として今も
「お手本」になっている
のだ。

これは市民意識に関する
企画記事に引用された
もので、日本人の魅力点
として
「配慮の文化、徹底した
 順法精神」が挙げてある。
韓国というと外向けには
反日イメージだが、
内輪では意外に謙虚でも
あるのだ。それだけに
慰安婦問題など歴史がらみの
“対日嫌がらせ”は度が
過ぎていて韓国イメージを
損なっている。(黒田勝弘)
(外信コラム ソウルからヨボセヨ
(もしもし)
 産経ニュース2/18 14:31)


豊臣秀吉の朝鮮征伐や、
大日本帝国の韓国併合が
朝鮮国民の誇りを傷付けた
過去がある。
これが反日感情の根底に
あるのではないか。


(朝鮮出兵)
関西には、耳塚とか
鼻塚とよばれる史跡が
ありますが、
それは豊臣秀吉が
朝鮮に出兵した際、

一人ずつ敵兵の首を
取ったら
持ち帰るのがたいへん
だったから、
耳や鼻を削ぎ落して
椎茸みたいに袋に詰め、
山のように送ってきた
という。

その数知れない人々、
鼻を削られ、
耳を切られた人たちの
痛みを供養するために
建てられた塚だ
そうですが、
当事者はもちろん、
そういう民族の記憶は
ずっと消えるわけが
ありません。

韓国で全羅道の方に
行ったときでしたが、
いまだに
「キヨマサオンダ」
という言葉があると
聞いて驚きました。
「キヨマサ」は
加藤清正、
「オンダ」は来るぞ、
ということです。
かつて韓国では子供に
「清正が来るぞ」
というとピタッと
泣きやんだという
伝説です。
(五木寛之 人間の覚悟
 新潮文庫)


(韓国併合)
1910年(明治43年)から
1945年(昭和20年)の
第二次世界大戦の敗戦まで
大日本帝国は条約により
大韓帝国を併合し、朝鮮
半島を領有した。

従兄は、日本兵として
朝鮮で終戦を迎えた。
「これからは、お前たちに
 35年間
 (1945年−1910年)
 虐められた恨みを
 晴らす」と現地で
脅されたと、従兄は事ある
ごとに口にしていた。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

生涯を作曲に捧げた船村徹さん、不朽の名作を残して

'17年2月19日(日)    
[船村徹] ブログ村キーワード

歌詞をもらい、まず将棋の
駒を並べた。
吹けば飛ぶよな・・・とある。
息を吹きかけてみた。
「ほんとに飛ぶのか。
 疑いましてね」。
飛んだ
◆その実験をした
船村徹さんは当時29歳、
まだ新進の作曲家である。
『王将』を作詞したのが
詩壇の大御所・西條八十
であろうと、いい加減な
表現ならば承知しない。
生涯を通して言葉を
何よりも大切にし、
詩に惚れて曲を書いた人
らしい挿話である
◆『別れの一本杉』か
『みだれ髪』か、
あるいは『兄弟船』か。
訃報に接し、唇によみ
がえる歌は人それぞれ
だろう。
数々の演歌の名曲を残し、
船村さんが84歳で
亡くなった
◆『王将』の曲想を得た
ときの思い出話も忘れ
がたい。
歌詞を携えて故郷の
栃木に帰った。
母親がかまどで飯を炊き、
息子に心尽くしの
手料理を用意している。
その後ろ姿を見ていて、
ふと胸に迫るものがあり、
詞の一語を変えてみた。
そのとき、メロディーが
自然と浮かんだという。
<吹けば飛ぶよな演歌の
 節に/賭けた命を
 笑わば笑え・・・>
◆船村節は吹いても飛ば
ない。今夜もどこかの
酒場で、人の世の哀歓を
グラスに浮かべては、
誰かを泣かせるだろう。
(編集手帳 讀賣新聞2/18)

地産地消。
松戸の焼酎「矢切の渡し」
の飲み終えた空瓶を
片づけた。
船村さんの作曲した
『矢切の渡し』は
細川たかしが歌って
83年のレコード大賞を
獲得した。
この賞を競った
『さざんかの宿』
(市川昭介作曲)は
大川栄策が歌った。

拙宅の庭に「さざんか」も
ある。
『矢切の渡し』が受賞した
のは、この曲が伝える
未来に向かう希望だと思う。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

歴史は歴史的事実の視点や評価によって流動的である

'17年2月18日(土)
[鎖国] ブログ村キーワード

徳川幕府の5代将軍
綱吉の前で、自作の
恋の歌とダンスを披露した
外国人がいた。
博物学者のケンペルである。
同じドイツ人の
シーボルトより130年も
前の元禄3(1690)年に
来日し、2年間滞在した。

▼偏見のない日本研究の
成果は、死後10年たって
出版される。
日本人の礼儀正しさや
富士山の美しさをたたえる
文章は、欧米の知識人の
日本観に大きな影響を
与えた。
幕末のペリー提督や
現在のエリザベス英女王も
来日前に、目を通していた
という。

▼実は、「鎖国」という
言葉の誕生にもかかわって
いる。
ケンペルは、日本の安全と
平和を維持するために、
国を閉ざしたのは
賢明だった、と評価して
いた。
蘭学者の志筑忠雄
(しづきただお)
「鎖国論」と題して翻訳し、
広がった。

▼もっとも明治時代になると、
欧米諸国に比べて近代化が
遅れた原因として、
否定的な意味で使われる
ようになる。
どちらにしても、長らく
江戸時代を特徴づける言葉
として定着してきた。

▼ところが近年、
歴史学界では
「鎖国見直し論」が
盛んになっている。
幕府は、長崎と対馬、
薩摩、松前という
4つの窓口を通して、
中国とオランダ、
蝦夷地と交易し、
朝鮮・琉球からは
使節を迎えていた。
そんな実情に合わない
用語だというのだ。
文部科学省によると、
次期学習指導要領の
改定案では、
小中学校の社会科から
その表記が
消えることになった。

▼「聖徳太子」についても、
没後100年以上
たってからの呼称だとして、
「厩戸王
 (うまやどのおう)」に
変えるという。
昔、鎌倉幕府の成立は
「1192(イイクニ)
 つくろう」と
語呂合わせで覚えたものだ。
最近では、1185年の方が
有力だと聞いた。
子供から歴史の教科書を
借りて、
時代遅れの知識を
整理し直す必要があり
そうだ。
(産経抄 産経新聞2/17)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする