2014年11月29日

中島みゆき、歌にスコッチのパンチ、紅白で歌う「麦の唄」

'14年11月29日(土)
[紅白歌合戦] ブログ村キーワード

●麦の唄

なつかしい人々
 なつかしい風景
その総てと離れても
 あなたと歩きたい
嵐吹く大地も
 嵐吹く時代も
陽射しを見上げるように
 あなたを見つめたい
麦に翼はなくても
 歌に翼があるのなら
伝えておくれ故郷へ
 ここで生きてゆくと
麦は泣き 麦は咲き
 明日(あした)へ育ってゆく


第65回NHK紅白歌合戦の
出場者が26日発表され、
連続テレビ小説
「マッサン」の主題歌
麦の唄」を歌う
中島みゆきの12年ぶりの
出場
が決まった。
中島はNHKを通じて
コメントを寄せ、
前回の経験を踏まえて
「また何かしでかさない
 ように…」などと
心境をつづった。

中島は2002年の第53回で
初出場し、人気番組
「プロジェクトX」の
主題歌だった「地上の星」を
富山県の黒部ダムで歌った。
この際、一部の歌詞を
間違えた
ことから、
中島はコメントで
「黒部の時には
 『一生の思い出だわ』と
 感激のあまり、歌詞を
 間違えました」と述懐した。
 
その上で、
「まさかの二度目出場」と
今回の出場決定を喜び、
「『来世までの思い出だわ』と、
 感激のあまり、また何か
 しでかさないように
 頑張って歌わせていただき
 ます」と抱負をコメント
した。
(時事ドットコム11/26 16:57)

声を聞かせて
歌詞が聞き取りづらい
彼女の歌は
耳の遠い高齢者には
歌の良さが充分には
伝わらない。
そこで冒頭に歌詞を
掲げてみた。

NHKの紅白出場歌手の
選定には、誰にも分かる
基準がある。
それは出場歌手のジャンルの
バランスを考慮しつつも、
視聴率を最大にしようと
いう計算である。
それに、朝ドラの好評を
受けて、彼女を登場させ、
加えて朝ドラの視聴率も
さらに上げようという
お手盛りの人選である。

それが悪いとまでは
言えないが・・・。
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2013年07月31日

ジブリ鈴木敏夫PD に聞いた映画「風立ちぬ」のこと

'13年7月31日(水)
[宮崎駿] ブログ村キーワード

原作は、宮崎駿監督が
模型専門誌に連載していた
同タイトルの漫画。
実在の航空技術者、堀越
二郎をモデルにした
青春ストーリーである。

イタリアの飛行機メーカーの
創業者、カプローニ伯爵に
憧れて、
二郎はゼロ戦の設計に取り
組む。美しい飛行機を
作ることだけを夢見ていたが、
いずれ完成したゼロ戦に
乗った大勢の若者たちは
戦死してい
く。
設計者としての純粋な思いと、
もたらされる結果の重さ。

「宮さんは戦闘機の絵を
 描くのが好きな一方で、
 若い頃には反戦デモに
 参加したことがある。
 そのような矛盾をずっと
 引きずってきた人の
 戦争映画を見てみたい」

ところが、企画を提案
すると、宮崎監督は
烈火のごとく怒りだした。
「鈴木さん、なに考えて
 いるんだ。
 アニメーションって
 いうのは、
 子どものために作って
 いる
んだ。
 大人を題材にすべきじゃ
 ない」

何度も何度も説得した結果、
宮崎監督は初めて、
「戦争」というテーマに
真正面から取り組んだが、
もう一つの柱が
「薄幸の少女との出会いと
 別れ」。
映画のタイトルから
誰もが想像するように、
モチーフとなっているのは
作家、堀辰雄の代表作
風立ちぬ」。
重い病を抱えた婚約者と
主人公が残された時間を
支え合って生きていく
という美しい物語には、
堀辰雄自身の経験が反映
されている。
宮崎監督は
堀越二郎と同時代に
 生きた文学者、堀辰雄を
 ごちゃまぜにして
」、
主人公“二郎を創造した。

悲恋の物語は、ユーミンこと
松任谷由実の
ひこうき雲」の主題歌
採用
につながった。
1973年の名曲で、
歌われるのはユーミンの
夭折した旧友が抱いた
空への憧れ。

話題は豊富だが、
鈴木プロデューサーが
もっとも力を込めるのは、
目の前にあることを
 一生懸命やるしかない
 じゃないか
という
 メッセージ
だ。

「大正から昭和にかけての
 日本は、不景気と貧乏、
 大震災と、生きるのに
 つらい時代だった。
 それは、今という時代
 にもかぶってくる。
 そんなときには
 うまくいかないことも
 多いけど、
 いろいろなことをやって
 いくなかで、少しはいい
 ことがあるかもしれない

 そういうことを支えに
 人は生きていくんじゃ
 ないかなと思う
んです」
 
「生きねば。」という宣伝
コピーに込められたのも、
まさに、そのような思い。
(文=読売新聞東京本社
 文化部・近藤孝)
(スタジオジブリ プロデューサー
 鈴木敏夫 映画風立ちぬ インタ
 ビュー 読売生活情報誌 リエール
 '13年8月号抜粋)


ヒステリックとも取れる
反日感情を背景に
韓国のネットに
「風立ちぬ」は零戦を
美化したものだという
記事が掲載された
そうである。
鈴木プロデューサーは
そうは言っていない。

参考
 鈴木敏夫
  1948年名古屋市出身。
  慶応義塾大学文学部
  卒業後、徳間書店に入社。
  日本初のアニメ雑誌
  「月刊アニメージュ」
  編集長を経て、85年、  
  スタジオジブリ設立に参加。
  数々のジブリ作品で
  プロデューサーを務める。
  (記事注記)

YouTube-松任谷(荒井)由実/ ひこうき雲  
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2013年07月27日

武力で越境する国、愛された歌で越境する日本

'13年7月27日(土)
[歌] ブログ村キーワード

J-POPが日本語のまま、
世界で歌われている。
そういうタイトルでも
よかった。

歌い手は日本語の歌詞を
理解したうえで歌って
いるし、聴く側もそれに
喝采する。
J-POPに不思議な力が
あるらしい。


日本の歌謡曲の歌詞と
旋律が外国人に愛されて
歌われている。
西洋音楽の7音階から
第4音と第7音を外した
ヨナ抜き音階の演歌が
好きだという人もいる。
日本の歌謡曲が
感情移入しやすい
伝わる歌だというので
あろう。

因みに、ドイツ青年が歌う
「言葉にできない」は
従弟の葬式で
会場に流れていた
KORG社製電子ピアノの
生演奏の曲であった。

気になる曲名をクリックして
みてください。
続けて何曲かお聴きになる
ときは、アドレス・バーの
左の矢印をクリックすれば
その都度、
このブログに戻ります。

CMをスキップしたいときは
右下隅の×などの印を
クリックしてください。

外国人が歌う日本語の歌

YouTube-Chris Hart(USA)/ありがとう
YouTube-Paul Ballard(UK)/粉雪
YouTube-John Lucas (Jamaica) /翼をください
YouTube-Karyna Tsvyrava (Belarus)/春よ、来い
YouTube- Dilara Aybar (Turkey)/PRIDE
YouTube-Vincent Schebsdat (Germany)/ 言葉にできない
YouTube-Melissa kuniyoshi ・Karen Taira(Brazil)/島人ぬ宝
YouTube-米空軍太平洋音楽隊/世界に一つだけの花
YouTube-Diana Garnet(USA)/津軽海峡冬景色

日本人が歌う日本語の歌

YouTube-坂本九/上を向いて歩こう
YouTube-谷村新司/昴
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2013年07月04日

松坂慶子の整形前の役を演じたこともある女優片桐はいり

'13年7月4日(木)
[片桐はいり] ブログ村キーワード

3日、孫の昼寝の添い寝で
徹子の部屋を観ていると
ゲストは片桐はいり。
よくドラマやCMで
見かける顔である。
人気の朝ドラ「あまちゃん」
にも出ている。


大田区立山王小学校、
香蘭女学校中等科・高等科
卒業。中学時代の同級生に
作家の上橋菜穂子がいる。
成蹊大学日本文学科卒業。
大学在学中、演劇部で
歌人・作詞家の林あまりと
知り合う。
映画館でアルバイトを
しながら劇団
「ブリキの自発団」に入団。
映画が好きで映画に関する
ものなら何でもやりたい

思っていた反面、女優とは
選ばれた人がなるものだと
考えていた
が、1回くらい
やってみたいという気持ちも
あり役者の道に入ったという。
芸名の「はいり」は
テレビアニメ
「アルプスの少女ハイジ」の
主人公の名前に由来する。
1994年に退団。
「SEEDコンタクトレンズ」
のCMキャラクターに
森山祐子と共に起用され話題に。
近年は「大人計画」への舞台
公演が多い。
弟はグアテマラのアンティ
グアでスペイン語学校を経営
していることを著書で明かし
ている。(wikipedia)

俳優片桐はいりの心境

俳優としてやっていこうと
腹を括ったのは、
'94年に10年間在籍した
劇団を辞めた後、31歳の時
でした。
一人芝居をやらないかと
誘ってくださった劇作家で
俳優の岩松了さんとの出会いが
大きかった。
3年間で奈良、群馬、和歌山、
沖縄を除く全国を回り、
約150回公演をしました。
自分はプロなんだと思った
途端に
、言い知れぬ緊張感を
覚えて体がガクガク震える
という体験をした
りして、
人の意識って不思議ですね。
つまり俳優としての厳しさを
知ったわけですが、
同じ頃に松尾スズキさん率
いる劇団「大人計画」と
活動を共にするなど、
才能溢れる人達とのご縁にも
恵まれ、自分は幸せだなと
つくづく思います。

これまでに仕事を通じて
訪れた土地を挙げていたら
キリがないけれど、
印象的なのは'05年に
『かもめ食堂』という映画の
ロケで行ったフィンランドの
ヘルシンキですね。
1ヵ月の長期ロケだったの
ですが、清潔で現地の人々は
みんな温かくて

何よりもユルユルと時間が
流れている感じが心地よか
った

共演者も小林聡美さんや、
もたいまさこさんといった
気心の知れた人ばかりで
楽しかったし。だからで
しょうか。俳優になって
よかった
自分の人生は
悪くないなと素直に
思える
自分がそこにはいて、心に
栄養を蓄えた気がしました。

今は7月から始まる舞台
『小野寺家の弟・小野寺家
 の姉』という芝居の脚本を
(自宅のお風呂場に)
持ち込んで入浴しています。

ハートフルコメディー
なんですが、生き方が
不器用なより子という役

どころは、私自身に通じる
部分が
あるし、
弟がいるという設定も被るし、
舞台である古い日本家屋が
大森の生家を彷彿とさせる

そうなると否が応でも
今までの人生を振り返り、
わが身を省みるわけです。
50歳という節目の年に、
この作品に出会ったのは
偶然じゃないという気が
してしょうがない。
初心忘るべからずという
ことなんでしょうか?

いずれにしても人生は
まだまだこれからが本番
マイペースな部分は失わず
まっさらな気持ちを決して
忘れないように

懸命に芝居に打ち込んで
行こうと決めています。
(俳優片桐はいり 
 私の地図 大田区大森の生家
 週刊現代'13年7月6日号抜粋)


なお、片桐はいりは
映画「自由な女神たち」で
松坂慶子の整形前の役を
演じたこともあるという
個性派である。
 
そんな俳優業なのに、
どうしてモチベーションを
長く保ち続けられるのか、
なんとなく
分かったような気がする。

ちなみに、徹子の部屋の
情報だが、弟さんが
現地人の奥さんと
経営するスペイン語学校は
スペイン語圏の南米に
仕事を求める人たちが
学習するためのものだ
そうである。



参考
YouTube-小野寺の弟・小野寺の姉 CM 
YouTube-いいなCM ミツカン おむすび山 片桐はいり  
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月03日

メロディーが記憶に残らない曲が好まれると作曲家服部克久氏

'13年6月3日(月)
[レコード大賞] ブログ村キーワード

季節はずれだが、最近は
NHKの紅白歌合戦を観る
気がしない。
音楽の専門家服部克久氏が
ある傾向を憂いを込めて
解説している。


みんなが知っていて
口ずさめる曲が豊かにある
時代は「今は昔」になって
しまいました。

レコード大賞は、フランスの
レコードグランプリや
アメリカのグラミー賞から
着想を得て、
僕(服部克久)の父である
服部良一が
「日本でもやらなければ」と
考え、
TBSにかけあったことが
始まりでした。

次第に人気が高まり、
50年以上の歴史の中で、
日本の歌謡界を代表する
さまざまな曲に賞が
贈られてきました。

例えば、梓みちよさんの
『こんにちは赤ちゃん』
(第5回)、都はるみさんの
『北の宿から』(第18回)
とか、ピンク・レディーの
『UFO』(第20回)・・・・。
どれも、全部は歌えなくても、
サビの部分やメロディーの
一部ならば

みんなが知っている
それに比べて、
最近の受賞曲は
年代、世代を超えて
国民的に
知られているかというと

残念ながら
そうではありません。

歌手の名前にしてから
コブクロ、EXILEにAKB48、
もっと見渡せば
SKE48、NMB48、ももいろ
クローバーZに
ゴールデンボンバーと、
一人一人の歌い手の顔が
見えにくい

きゃりーぱみゅぱみゅ、
なんていわれると
舌がもつれて発音までも
ままならない。

どうして
このようになったのか、と
考えてみると、
どうも最近の日本に溢れる
音楽の大半が、
僕らが考えてきた狭義の
音楽とは
変わってきている

という気がしてなりません。
印象的な
歌詞とメロディーで、
一度聴いたら
忘れられないような
鮮烈な音楽は減っている。
作品の中で音楽の価値が
相対的に低下
して、
その代わりに、
切れのよいダンスや
タレントのコスチュームや
存在感、
グループ内での序列を競う
選挙といった音楽以外の
ものを愉しませる

新しい複合エンターテイ
 ンメント
」が
生まれている、と思うの
です。

作曲家の立場から考えると、
そうなった理由の一つには、
旋律(メロディー)
 枯渇
」があると思います。

旋律は12の音の組合せで
成り立っています。
仮にドの音から
曲が始まるとして、
次の12音、そこから
さらに次の12音に
飛んでいくとなると、
理論的には
旋律には天文学的な
組み合わせの可能性が
あることになる。
しかし、人間の脳が好ましいと
感じる音の動きと組み合わせは
有限
で、しかも
歌謡曲として歌いやすい
組み合わせの旋律となると
おのずと限られて
きます。

演歌のテーマは、
ネガティブな状況に置かれた
男女の気持ち、のように
共通したものが多いので、
似たようなテーマの歌詞には
似たようなタイプの
メロディーが
用いられることになり、
だんだん
パターン化してくる。
ポップス系の歌謡曲でも、
同じことが起こり得ます。

加えて、最近はカラオケで
一般の人に歌われることが
売上のうえで重要に
なって
いるので、
プロの歌手にしか
歌えないような広い音域を
用いる曲を書いたりすると、
「これはちょっと
 無理なので、
 少し上のほうを
 抑えてください」などと、
製作者サイドから
作曲家が求められることも
あるそうです。

父・服部良一は
旋律の枯渇とは無縁の
よい時代を生きたと思います。
淡谷のり子さんの
『別れのブルース』のとき
などは、
「私はソプラノです。
 こんな低い音は出ません」
と言われたことがあった
そうです。
確かに冒頭の
「窓を開ければ〜」の
ところは
下のGから始まるのですが、
非常に低い音なので、
常識から言えば
女性ソプラノでは
ありえない。
それでも、父は
「この音を出すから
 あなたの新しい境地が
 開けるんだ」と説得した
そうです。
(作曲・編曲家服部克久
 ヒット曲からメロディーが消えた
 文藝春秋‘13年5月号抜粋)


淡谷のり子は、低い音域を
歌うために、吹き込み前に
タバコを一晩中ふかした
というエピソードがある。

作曲家の旋律が大切に
された時代のことである。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする