2014年10月07日

自然災害の避難は自己責任、パニックを恐れずに情報提供を

'14年10月7日(火)
[台風] ブログ村キーワード

大型で強い台風18号の
目がわが市を通過した。
静岡県浜松市に上陸した
時点での様子が
テレビで報じられたとき、
わが市が予報円の
真ん中にあることから、
多少の被害は覚悟した。
台風の中心が
通過した自治体では
道路の冠水、床上浸水、
土砂崩壊などの甚大な
被害があった。

わが市は風雨が
さほど強くはなくて、
普通の荒れ模様程度で
台風は抜けていった。


「テレメータ水位 
 ○○」で検索すると
自宅近くの
例えば、利根川水系の
支流の河川の
○○観測所での水位が
危険水位かどうか、
毎正時(1時間毎)に
河川の断面図で示される。
都道府県の災害情報関係の
資料を探し当てれば、
水位観測所の一覧表が
見つかる。そこに最寄りの
○○観測所があるはずで
ある。
これは国土交通省の
【川の防災情報】である。


徐々にでも水位が
下がってくれば安心で
ある。
その河川の断面図では
5b(堤防の高さ)に
なったら、
氾濫や決壊の危険があるが、
6日10時から増え始め、
13時にピークの2.9bに
達したが、15時から
減り始めている。

朝方、携帯に市から
防災情報のエリアメールが
届いた。

○○市に対して
土砂災害警戒情報が発表
されました。
土砂災害が発生する危険性が
非常に高まっています。
今後、地域によっては
「避難勧告」、「避難指示」の
発令の可能性もありますので。
注意してください。
なお、避難勧告等の発令が
なくても、危険を感じた時は
早めに安全な場所へ避難して
ください。(○○市)
 ―(END)―

さて、われわれは
自分の身を守るために
どれだけ、
防災情報に沿って行動して
いるだろうか。
深刻に受け止めていない
節もある。

河北新報のコラムは
これを取り上げていた。


新青森駅から新幹線に乗り、
車内放送を聞いておやっと
思った。昔から
「最近、車内で盗難が非常に
 増えている。ご注意を」が
決まり文句。その日は
時折、盗難があるので」と
言い、現実に則している
印象だった

▼毎日増えているとしたら、
それこそ日本の列車は
泥棒天国である。
注意喚起のために、少々、
大げさに言っているだけと
聞き流していた。
危機感をあおるのと
淡々と事実を話すのと
どっちが心に届くの
だろう

災害心理学の
広瀬弘忠氏
によると、
現代人は危険を実感しない
うちは避難を始めない

傾向がある。
神奈川県平塚市で以前、
大規模地震の警戒宣言が
誤って市のスピーカーから
流れた時も、多くの市民は
半信半疑で
テレビやラジオで確認
しようとした。
混乱は生じなかったという

▼災害に直面し、
恐れや不安はあっても、
すぐに異常な集団行動が
起きるわけではない。
「パニックはまれだ」と
広瀬氏は指摘する。
緊急時は大混乱する
というのは
古い誤った災害観

本当に怖いのは
パニックへの過度の恐れだ
米国ではレストラン
火災で「ぼやと放送
したために
大勢が逃げ
遅れた

福島の原発事故では
「直ちに影響はない」
という言葉が不信感を
招いた。
韓国の水難事故もしかり。
誇張や過小ではなく、
正確な情報こそが求め
られる。
(河北春秋 河北新報10/6)

「空振りでもいい」と
防災情報を出す側に
躊躇はなくなっている。

高波の写真を撮りに行った
米兵3人が波に拐われた。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

地震常襲国で気になる異変が起こるかも知れない予兆

'14年5月8日(木)
[地震予測] ブログ村キーワード

5日早朝、地震が
苦手なのは母親譲りの
家内が、いつものように
飛び起きるや否や
寝室の引き戸を開けて
逃げ道をつくった。
久しぶりに強くそして長く
揺れたので、
直感的に震源は房総沖だと
確信した。
すぐにテレビをつけると
伊豆大島近海を震源とする
マグニチュード6の地震
だったようである。
誤った確信のわけは
4日の讀賣が次のような
記事を載せていたからだ。


政府の地震調査委員会
(委員長=本藏義守東工大
 名誉教授)は4月、
首都圏に甚大な被害を
もたらすと心配されている
地震の長期予測結果を公表
した。
相模湾から房総半島沖に
延びる相模トラフ沿いで、
マグニチュード(M)8級
地震が30年以内に発生
する確率は最大5%と、
前回(2004年)の予測の
同2%よりわずかに上昇
した。
その理由は、最近の地質
調査の結果などから、従来
想定していなかった地震の
発生も考慮したためだ。
    (石川千佳)

首都圏の地下は
陸の北米プレート
(岩板)の下に南方から
フィリピン海プレートが
沈み込み、
その下へ東方から
太平洋プレートが沈み込む
という複雑な構造だ。
このため、プレートの
内部や境界で、
計5タイプの地震が発生し、
地震の巣」と呼ばれる。

相模トラフは、
フィリピン海プレートが
北米プレートの下に沈み
込む場所で、M8級
(M7.9〜M8.6)は、
両プレートの境界で起きる
地震(後述のタイプA)だ。
過去には1923年の
関東大震災(M7.9)、
1703年の元禄関東地震
(M8.2)などがある。

本藏委員長は
「前回の予測は、同程度の
 規模の地震がほぼ同じ
 場所で繰り返し起こる
 という考えに基づいた」
と説明。
「関東大震災」型
(関東型)地震が
30年以内に起こるのは
最大2%、
「元禄関東地震」型
(元禄型)はほぼ0%と
個別に計算していた。

同トラフ沿いでM8級の
地震が起こる度に、
千葉県・房総半島先端を
中心に海岸付近が隆起。
このうち元禄型は
7200年前から1703年まで
4回発生し、その度に
高さ約5bの段丘ができた。

しかし、
産業技術総合研究所は
2001年、関東型や元禄型
では隆起しないはずの
房総半島南東部

地質調査で、過去に何度も
隆起したと思われる地形

見つけた。
宍倉正展グループ長は
「二つのどちらにも
 あてはまらない未知の
 地震によって隆起した
 可能性がある」と話す。

同委員会事務局は
「こうした研究成果を
 採り入れて、
 個別の発生確率を
 計算する手法をやめた」
と話す。同トラフ沿いでの
最大規模の地震をM8.6と
見積もったうえで、
M8級の地震を一括して
取り扱うことにした。
その結果、M8級が
30年以内に発生する確率
最大5%だった。

同委員会は、
首都直下で発生するM7級
(M6.7〜M7.3)地震
30年以内に発生する確率は、
前回と同じ70%程度
と発表
した。
同委員会によると、
M7級はタイプ@
(活断層などの地震)
タイプA
(フィリピン海プレートと
 北米プレートの境界線の
 地震)
タイプB
(フィリピン海プレート
 内の地震)
タイプC
(フィリピン海プレートと
 太平洋プレートの境界の
 地震)
タイプD
(太平洋プレート内の地震)
が想定されるが、
今回の予測対象はA〜Dで、
活断層などで起こる@は
除いている。
次に起こるのがどのタイプか
特定できない
ため、南関東の
広い範囲のどこでも起こり
うる
という。

一方、今回の発表では、
地震の長期予測の限界を
示した。
同委員会によると、
房総半島南東沖には、
地殻変動の観測データから、
地殻にひずみが蓄積して
いる領域
があり、領域の
大きさからM8級の地震が
起こる可能性が否定でき
ない
という。しかし、
過去にこの領域だけで
地震が起きたとする痕跡が
ないため、
本蔵委員長は
「我々の知見では評価
 できない」として
発生確率の計算を見送った。
(房総半島に未知の地震か
 讀賣新聞5/4 
 28(くらし 教育)面)


国の中央防災会議が
昨年12月に公表した被害
想定では、M8級が起これば
死者約7万人経済被害は
160兆円
と、政府の一般会計
予算の1.7倍にあたる甚大な
被害が見込まれる。
(同記事注記抜粋)
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2014年03月12日

釜石の奇跡は津波てんでんこの実践、生存率99.8%

'14年3月12日(水)
[東日本大震災] ブログ村キーワード

千年に一度の超巨大津波に
襲われた東日本大震災から
3年。被災地の調査を
続ける中で、常々思い知ら
されるのは
津波てんでんこ」の
教えの正しさだ。

てんでんことは各自のこと。
海岸で大きな揺れを感じた
ときは、津波が来るから
肉親にもかまわず、
各自でんでんばらばらに
一刻も早く高台に逃げて、
自分の命を守れ――という
意味だ。

この教訓に基づき、
片田敏孝・群馬大教授
(災害社会工学)の指導で
津波からの避難訓練を
8年間重ねてきた岩手県
釜石市内の小中学校では

全児童・生徒計約3千人が
即座に避難

生存率99.8%という素晴
らしい成果を挙げ

釜石の奇跡と呼ばれた

同市北部に位置する
鵜住居(うのすまい)町の
海岸線から約800b、
海抜約3bの川沿いの
低地に並んで建っていた
釜石東中学校と鵜住居小
学校の事例を見てみよう。

平成23年3月11日。
午後2時46分に
東日本大震災が発生すると、
釜石東中の副校長は
教室から校庭に出始めた
生徒たちに、
「(避難所へ)走れ!
点呼など取らなくて
 いいから
と大声で
叫んだ。

そして若い教職員に、
率先避難者となって
生徒たちと避難所へ走る
よう指示。
避難所は約700b南西の
福祉施設で、
所在地は訓練で全生徒に
周知していた。

当初、一部の生徒は走らず、
校庭に整列しようとしたが、
副校長らは懸命に「逃げろ」
「走れ」と指示。
そのため全員が校門を出て、
避難所へと
駆け出した。

一方、鵜住居小は耐震
補強が終わったばかりの
鉄筋コンクリート造り
3階建ての校舎で、
雪も降っていたことから、
当初は児童を3階に
集めようとしていた。
しかし、「津波が来るぞ」
と叫びながら走っていく
中学生らを見て

教職員は避難所行きを
即断

小学生も一斉に高台へ
走り出した。

このとき、鵜住居小には
保護者数人が児童を引き
取りに来ていた。
教職員は児童を避難させた
ことを説明し、一緒に
避難することを勧めたが、
1人は児童をつれて帰宅し、
津波の犠牲になってしまっ
たという。

避難した小中学生
約600人は、
標高約10bの福祉施設に
到着したが

裏手の崖が崩れそうに
なっていたため

中学生らがもっと高台への
移動を提案。
さらに約400b離れた
標高30bの介護施設へ
小学生の手を引きながら
避難
した。

この直後、
津波遡上高は20bに達し
福祉施設は水没
「津波てんでんこ」の
教訓と、防災意識の高い
中学生の冷静な状況判断が、
多くの命を間一髪で見事に
救う結果となった。
(都司嘉宣建築研究所特別客員
 研究員(歴史地震・津波学)
 科学 地震 温故地震 大地震編 
 産経新聞3/10 19(特集)面)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

海溝沿いの「ゆっくり滑り」が地震の予測に使われる

'14年3月11日(火)
[東日本大震災] ブログ村キーワード

海溝沿いのプレート(岩板)
境界断層が非常に遅く滑る
「ゆっくり滑り」。
人が揺れを感じない
この現象が、巨大地震の
引き金になる可能性が
分かってきた。
東日本大震災でも観測され、
将来の地震予測に応用
できるか注目されている。
      (黒田悠希)

房総沖で発生

海溝付近では、海の
プレートが陸側プレートの
の下に沈み込み、部分的に
くっつきながら
陸を地下深くに引きずり
込んでいる。
陸側が元に戻ろうとする
力が限界に達すると、
両プレートの境界断層が
急速に動いて大地震が
発生する。

断層面が強くくっついた
場所(固着粋)では
多くのひずみがたまり、
巨大地震が起きるが、
より深い場所では
断層面が固着せず、
地震は起きないとされる。

ゆっくり滑りは
「スロースリップ」とも
呼ばれ、両者の中間的な
断層運動だ。
震源域のひずみの状態に
影響したり、逆に影響を
受けたりする可能性が
ある。

東海地震の予知の前兆
である「前兆滑り」は、
震源域で滑りを加速させる
のに対し、ゆっくり滑りは
必ずしも加速させるわけ
ではない。
現時点で予知に生かすのは
難しいが、
関係を突き詰めれば利用
できるかもしれない。

今年1月、千葉県の房総
沖でゆっくり滑りが発生
した。
相模トラフ
(浅い海溝)から
フィリピン海プレートが
沈み込む場所で、
過去に7回観測されていた。

発生間隔はこれまで
5〜7年と周期的だったが、
今回は前回(11年)の
3年後の短期間で起きた。
東日本大震災でプレートに
かかる力の状態が
変わったことが影響した
可能性がある。

低周波の微動

東大地震研究所の小原一成
教授らは2002年、東海
トラフ沿いの西南日本で
「深部低周波微動」を発見
した。1秒間に数回の
小さな新動が長く続く。
過去の東海・東南海・南海
地震の震源域より深い
地下約30`で、東海から
四国まで帯状に発生する。
その後の観測で、微動に
連動するゆっくり滑りが
見つかった。

観測網がきめ細かい
西南日本では、さまざまな
類似現象が見つかって
いる。
ゆっくり滑りは半年以上
かけて滑る長期的な
タイプや、数日から10日
程度の短期的なタイプが
ある。
微動よりも周期の長い
「深部超低周波地震」、
さらに海溝付近の浅い
場所でも超低周波地震が
見つかった。

これらは「ゆっくり地震」
と総称され、十勝沖、東北
沖の日本海溝、沖縄の南西
諸島海溝などでも起きて
いることが判明。
地域によってプレートの
形成年代が違うためか、
種類や起きる深さ、発生
間隔、継続期間は異なる。

大地震直前に観測

ゆっくり滑りが東日本
大震災の引き金になった
可能性も指摘されている。
東大地震研の加藤愛太郎
准教授らは、大震災の
震源付近の地震活動を
詳しく分析し、
微小地震の震源が移動
する現象が
震災前の1カ月間で2度
起きたことを発見。
ゆっくり滑りが北から南に
伝わり、
巨大地震の震源に
力を集中させ、断層破裂を
促した可能性を示した。

巨大津波の原因となった
日本海溝付近の
大きな滑りを引き起こした
可能性も分かってきた。

京都大防災研究所の
伊藤喜宏准教授らは、
海底圧力計の観測データを
解析。本震の2日前に
起きた最大規模の前震の
震源域から、東の場所で
ゆっくり滑りが発生した
ことを突き止めた。
本震が起きるまでの間、
滑りは海溝近くで
加速していたとみられ、
海溝付近の断層が
50b以上も滑ったのは
この影響かもしれない。

防災科学技術研究所の
南海トラフの
シュミレーション
(模擬実験)では、
巨大地震が近づくと、
ゆっくり滑りの発生間隔が
短くなる可能性がある。

一方、浅部の超低周波
地震の活動度は、
海溝付近の固着状態の指標
として期待される。
三陸沖では活動度が非常に
低く、固着が強かった
ことの反映だった可能性が
ある。
南西諸島海溝沿いでは
活動度が高いらしいことも
分かってきた。

巨大地震との密接な関係が
見え始めたゆっくり地震。
さらに研究が必要だが、
小原教授は
「観測現象の中でも
 期待が大きい存在。
 詳しく解明し、
 予知や予測に
 役立てたい」と話す。
(科学 地震 「ゆっくり地震」
 と巨大地震 産経新聞3/10
 19(特集)面)


参考
 ゆっくり地震
  地上で揺れを感じない
  ゆっくりとした断層地震
 ゆっくり滑り
  A長期間続く
  (数カ月〜数年)
  B短期間続く
  (数日間)
 低周波の揺れ
  C 深部低周波微動
  D 深部超低周波地震
  E 浅部超低周波地震
  (記事注記)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月25日

災害で避難するということは難民として暮らすのと同じこと

'13年11月25日(月)
[東日本大震災] ブログ村キーワード

東日本大震災の教訓を
次世代にどう引き継いで
いくのかをテーマにした
地域再生シンポジウム
「聞くこと、語ること
 〜震災の経験に学ぶ」が
10月30日、
大阪市北区のナレッジ
シアターで開かれた。

大谷大学教授で
「せんだいメディアテーク」
館長の鷲田清一氏が
「語ること、忘れないこと」
と題して基調講演。


NHK朝の連続テレビ小説
『カーネーション』では
敗戦の日、玉音放送を聞く
シーンがありました。
敗戦というのは
国家がなくなり
敵国の
人間がやってきて政治を
行うということ
ですが、
そんなときに
主人公の女性が
お昼にしようけ
みんなに呼びかける

このセリフに私はしびれて
しまいました。

実際、私たちが
難民となって異邦の地で
生き伸びるには

何でも食べどこでも寝る
ことができ
誰とも仲良く
なること
が求められます。
このドラマは東日本大震災
から約半年後に始まりまし
たが、実は避難所では
全く同じことが起きていた

のです。
被災地の現実がドラマの
なかの敗戦の状況と二重
写しになっていたのだと
思います。

被災地に赴くたび、
関東や関西との温度差を
感じます。
この隔たりは被災地内でも
目に見える形で広がって
います。
いまも自宅に戻れない人が
いる一方、県外に移住して
しまった人もいる。
こうした隔たりが拡大する
なかで、
特定の人々にダメージが
集中していないか
常に
全体を案じるまなざしで、
復興にあたること
が需要
です。

阪神大震災では
ボランティア文化が広がって
定着
しました。
では東日本大震災を機に
どんな文化が生まれていく
のでしょうか。
注目したいのは市民力です。
裏返していえば、国や
行政が提供するサービスに
依存し過ぎないこと

このシステムに暮らしを
預け過ぎると、
大災害でライフラインが
止まったときに私たちは
丸裸にされてしまう。
原発事故ではシステム制御
など個々の専門家はいても、
原発の仕組み全体を
社会政策的な視点で俯瞰
できる専門家はいなかった。
その意味でも
専門家に任せ過ぎず
私たち自身が価値判断
できる力をつけて
いかなければ
なりません。

私たちは震災の経験を
忘れないために何ができる
のか。
せんだいメディアテーク
では、映像記録やインタ
ビュー記録など、
震災の記録や資料を集めた
アーカイブを作っています。
実際にカメラを向けて
語ってもらうことは
有効な手段
だと思います。
インタビュー記録では、
カメラが介在することに
よって言葉が吟味され、
体験は物語化されて、
表現行為となります。
こうした仕組みを
通してこそ
、今回わたし
たちが体験した教訓を
伝えていくことができる

思います。
(せんだいメディアテーク館長
 鷲田清一 地域シンポジウム
 「聞くこと、語ること 
  〜震災の経験に学ぶ」基調講演
 「語ること、忘れないこと」
 産経新聞11/23 15(事業特集)面)


互助精神が窺える
行動・・・・。

震災後ツイッターで
 つぶやかれた
エピソード

関西のスーパーでもこんな
光景が


子供がお菓子を持って
レジに並んでいたけれど、
順番が近くなり、
レジを見て考え込み、
レジ横にあった
募金箱にお金を入れて、
お菓子を棚に戻して
出て行きました。
店員さんがその子供の
背中に向けてかけた、
ありがとうぎざいます、
という声が震えて
いました。

子供にだって
できることがある


今日小学生の弟が
自分のお財布から
5000円札にぎりしめて、
学校の募金箱の中に
入れた。
毎月500円をお小遣いで
もらっている弟。
10か月分だよ。
かなり感動した。
(イースト・プレス編集部
 震災で本当にあった泣ける話
 文庫ぎんが堂)

 
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする