辰平はそっと岩かげから
顔を出した。
そこには目の前に
おりんが座っていた。
背から頭に筵(むしろ)を
負うようにして
雪を防いでいるが、
前髪にも、胸にも、膝にも
雪が積もっていて、
白狐のように一点を見つめながら
念仏を称えていた。
これは深沢七郎の短編小説「楢山節考」
の老母をおいて帰るシーンですが、
姨捨山の白骨累々という生々しい描写は
カットしました。
以前NHKの討論番組で、
ブルガリア人(?)の人が
日本は社会主義国よりも
社会保障制度において
社会主義的だといったのが
妙に耳に残っています。
副島国家戦略研究所を主宰する
副島隆彦氏はその著
「連鎖する大暴落(徳間書店)」で
次のように書いています。
「老人たちはもういい。
あまり介護、介護と言わない方がいい。
医療や福祉とかにしがみつかないで
静かに死んでゆくべきだ。
覚悟を決めて自分で自分の始末を
してゆくぐらいの覚悟を
持つべきだ。
動物は足腰が立たなくなって、
餌をとれなくなったら、
その場に蹲(うずくま)って、
食を絶って静かに死んでゆく。
私たち人間もこの大きな自然界の
動物の法則に従うべきだと
私は思う。」
まったく、
そのとおりだと思うが、
本にここまで
はっきり書く人も珍しい・・・。
医療の世話になって、
本能が錆びつき、
自殺などという
大げさなことをせずに
従容として死に就くことが
できなくなって
しまったのでしょう。
因みに、先の小説に登場する
「おりん」は 69歳の設定に
なっています。
参考
副島隆彦の学問道場

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