2008年04月27日

しがらみのないことの幸せ(?)自殺の選択 

'08年4月27日(日)

40年以上も前に、
早大の入試問題に「桎梏」の読み方
出題されました。

問題集を見ただけで、受験したわけでは
ありません。

蛇足ですが、「しっこく」と読み、
足かせと手かせとか
厳しく自由を束縛するものという意味で
「恩愛が桎梏となる」と
いう用例(広辞苑第5版)も
示されています。

また、硫化水素などという新手の自殺が
風邪の流行のようにニュース
なっています。

なぜ、簡単に「自殺」を選ぶのか。

桎梏がなくて、自殺を選ぶ自由が
あるからでしょう。

昨今は、子どもの世話になろうという
親はいません。
生活費は生活保護の、
身の回りのことは介護保険の世話に
なります。

親に当てにされない子どもは
辛さに立ち向かう必要がなく、
自分の尊厳だけを考えるので、
結論は死に収斂します。

辛さに立ち向かう惨めな姿勢は
捨てているので、
辛さに対する免疫力は育ちません。

辛さに立ち向かったことがないので、
他人の辛さが分りません。
辛さが分からないので、
いじめの手加減ができません。


死ぬ覚悟ができたら、死に方を
選ぶだけです。

昔は、親だけでなく兄弟の
面倒もみなければ
なりませんでした。

民法八百七十七条第一項は
直系血族及び兄弟姉妹は、
互に扶養する義務がある
と規定しています。

本来、
誰からも頼られていない人は
いないのです。

子どものときから、
口に出して「頼りにしている」
と言えばいいのです。
しっかりしろと言えば
いいのです。
手かせと足かせをはめれば
いいのです。

人間以外の動物の自殺は
聞いたことがありません。

人間は言葉で自分に
言い聞かせることも
できるのに・・・・。










posted by (雑)学者 at 00:00| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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