2008年03月15日

宇宙飛行士の宇宙と遣唐使の中国のシャトル便  

'08年3月15日(土)

日本人宇宙飛行士土井隆雄さんは国際宇宙ステーション
に設置された「きぼう」の保管室の取り付けを任務として
宇宙へ旅立ちました。

飛行予定期間は約16日間、帰還日時は日本時間で
3月27日午前9時33分、
帰還場所はNASAケネディ宇宙センター、
エドワーズ空軍基地、ホワイトサンズ宇宙基地のいずれか
ミッションは5つほどあります。



「遣唐使一行は難波の三津(大阪市南区三津町付近)
から乗船し、北九州平戸、五島あたりで、風待ちをし、
順風になると出帆して、壮途につくならわしであった。

遣唐使の乗る船は、古くからの日本式ではない新様式の
船であったらしいが、8世紀ころから、世界の海をのり
まわしていたアラビア人の船、あるいは唐や新羅の船に
くらべると、規模も小さく、組み立ても弱かったようで、
ほとんど毎回、どの船かが難破し漂流している。
           日本の歴史2 飛鳥と奈良 読売新聞社


阿倍仲麻呂は遣唐使一行とともに中国に渡った留学生でしたが、
科挙の試験に合格して役人になりました。
帰ってくることを条件に一時帰国を許されましたが、仲麻呂の
乗った船は阿児奈波(沖縄)の島にたどり着き、そこを出航
すると暴風に遭い、今のベトナム東京(とんきん)地方に着き、
やむなく安南都護府から中国の長安に戻りました。

仲麻呂帰国の一行に、別の船で加わっていた僧鑑真はこれが
6度目の日本への渡航でしたが、阿児奈波から多禰島(種子島)、
益久島(屋久島)、薩摩阿多郡秋妻屋浦(あきめやのうら)
を経て九州の大宰府に入りました。

この辺の記述は長安の月・寧楽(なら)の月〜仲麻呂帰らず〜
松田鐵也著 時事通信社)から抜粋しました。



文化と文明は、いつも似て非なるものとして対比されます。
文化には精神を、文明には物質を修飾的に前に付けて
違いの説明に利用されます。

つまり、精神文化、物質文明であって、文化は精神的なもの、
文明は物質的なものだということです。

現代の物質文明は、地球の外のはるか彼方へ、帰る場所や
帰る時刻さえ決めて行ってこられます。

遣唐使を送った時代と比較して、現代の精神文化は、
人類にどれだけ多くの幸せをもたらしているでしょうか。

文明は不便や不幸や災難を減らす働きを持っていますが、
現代は文明が幅を利かせて、文化が居場所をなくしては
いないでしょうか。


注、安南都護府・・・・中国の唐王朝の時代に周辺警備、
             周辺諸民族統治のために軍事機関として
             置かれた都護府の一つで、安南都護府は
             ベトナム・その他の南方諸国を担当
都護府-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E8%AD%B7%E5%BA%9C

「きぼう」 組立ミッション(宇宙航空研究開発機構)
http://kibo.jaxa.jp/mission/1ja/)  
   

posted by (雑)学者 at 00:00| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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