'95年1月17日(火)は阪神淡路大震災が起きた日で、
早朝でしたがテレビを見ていました。
災害は被害が深刻なときほど状況が伝わってきませんが、
火の手が上がってからは、大変な事態だということは
推測できました。
17日のNHK総合の「生活ほっとモーニング」は
震災13年後の神戸を紹介していました。
神戸市の再開発計画は高層の建物で
空地を多くして
災害に強い町をつくるというコンセプトですから、
バラ建ちを許さないものでした。
行政は、震災に強い町づくりを考え、
住民は、暮らしやすい町を望みます。
行政は100年先を考えますが、
住民には今日明日が先になります。
長田区の大正筋商店街は9割が焼失したそうですが、
絆を取りもどす取り組みをしているようです。
今でも、神戸は支援する人たちに支えられています。
ビッセル神戸はチームと商店街が
共に支え合えるようにと
「元気と勇気を与えられるチーム」
を心がけています。
放送は、スタンドのサポーターが
「共に傷つき、共に立ち上がれ」と歌うところを
映していましたが、
愛の賛歌を歌うエディット・ピアフ(Edith Piaf)
の苦難の人生とダブって、
ぴったりの替え歌「神戸賛歌」になっていました。
注、愛の賛歌では「あなたの燃える手で、私を抱きしめて」
のフレーズです。
私有財産がかかわってきますので、
再開発計画は、
災害が起こったときの復興計画ではなく
前もって住民に示されてコンセンサスを
得ておくべきものでは
ないかと思います。
災害に強い町づくりは、
仕事がしにくいものになるとして、
靴のメーカーや卸問屋は
この地を去りました。
地方分権が進めば、全国的に再開発の問題が
身近なものになっていきます。
当時、東京のある技術研究所に勤めていました。
地震防災担当の研究室長は現場を見にいくと
いうことで、その日の会議を欠席しました。
新幹線が止っていたので、
名古屋からヘリコプターを使ったそうです。
その人は、今、
会社(株式会社システムアンドデータリサーチ)
を興して地震計をつくっています。
マイ地震計をお考えの方は、
その会社の
ホームページ(http://www.sdr.co.jp)を
覗いてみてください。

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