2019年12月09日

人々の「生きること」への支援に挺身した中村さんなのに

‘19年12月9日(月)

パキスタン北西部のペシャワルで
ハンセン病治療と無医村での
診療にあたっていた中村哲
(てつ)さんがさらに奥地に
赴いた時である。
ある家に呼ばれ乳児を診たが、
今夜が峠だと告げるしかない
重い病状だった
▲だが中村さんが息を楽にする
甘いシロップを与えると
瀕死の赤ん坊は一瞬ほほえんだ。
その夜に亡くなったが、
人々が中村さんをたたえたのは
「言った通りだった」からだ。
そこでは医師は神の定めを
伝える者として尊敬されていた

「死にかけた赤子の
 一瞬の笑みに
 感謝する世界がある。
 シロップ一さじの治療が
 恵みである世界がある。
 生きていること自体が
 与えられた恵みなのだ」。
中村さんは書いた。
アフガニスタンで大干ばつが
始まったのはその後であった

「人々の暮らしを根底から奪った
 干ばつで何より命のための
 水が必要だった」。
中村さんがアフガンで井戸を掘り、
やがてかんがい事業に取り組んだ
のはまず人々が「生きること」
からすべてを組み立てるべきだ
との信念からだった
▲約1万6500fの土地に水を供給し、
65万人の命を保ったこの事業
である。その間に同僚の伊藤和也
さんが武装グループによって命を
奪われた。
「暴力は何も解決しない」。
中村さんは伊藤さんの
かんがいへの献身をそう追悼
した
▲アフガンの地に暮らす人々の
生き方に寄り添って
「生きること」を全身全霊で
支援した中村さんだった。
何よりも平和を求めたその人が
暴力に倒れたのは悲しいが、
その志は続く人々のともしびで
あり続けよう。
(余録 毎日新聞12/5)
posted by (雑)学者 at 15:05| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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