2019年11月09日

勝ち敗けを超えて互いの健闘をたたえ合うノーサイド

‘19年11月9日(土)

やったやったと喜んでいたとき、
ふと気づくと、さっきまで
取っ組み合っていた相手が
次々に来ておめでとうと言われた。
俺は何をやってたんだと
恥ずかしくなった・・・
◆4年前のラグビー・ワールド
カップで、南アフリカを破った
ときの五郎丸歩さんの述懐である。
敵、味方の立場をたちまち乗り
越え、たたえ合うノーサイドの
精神を日本大会も美しく引き継ぎ
全日程を終えた
◆まだ余韻の残るなか、一昨日の
ボクシングにそっくりの光景が
あった。スーパーシリーズの
バンタム級・井上尚弥、ノニト・
ドネア選手の決勝である
◆シュッというパンチの音につれ、
血しぶきが飛ぶ。
12ラウンドに及ぶ殴り合いの末、
終了の鉦(かね)が鳴ると
世界が一変したように互いに
笑顔になり、抱き合った。
飛び上がって勝ち誇るでもない
井上選手、泣いて悔しがるでも
ないドネア選手の姿を眺めつつ、
人間ってこんなことができるんだ
と胸を震わせた方は多かろう
◆シェークスピアの
「夏の夜の夢」に次のセリフがある。
<バラは香水となって
 香りを残してこそ地上の幸せを
 受ける>。
華美に咲いただけではない。
香り高い一閃だった。
(編集手帳 讀賣新聞11/9)

自分と戦うために
練習を積んできた相手に
敬意を示すのはもっともなこと
である。

高校野球の決勝戦で
勝ったチームが駆け寄って
全員が人差し指を立て、
傷心の敗者を忘れて
頂点を示すポーズをとるのは
いかがなものか。

白鵬が勝負を決めた瞬間、
「ドヤ顔」で辺りをねめ回すのは
勝敗に拘る横綱を強調するだけ
であり、いかがなものか。
posted by (雑)学者 at 14:21| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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