2019年11月08日

愁訴が落ち葉のように積もる秋、次に厳冬が控えている

‘19年11月8日(金)

朝晩、冷え込むようになった。
近畿地方では、
はや木枯らし1号が吹いたと
いう。札幌も本格的な雪の
季節が間近い。東京近郊の
公園ではドングリがパラパラと
落ち、春、満開の花で人々を
楽しませたコブシやサクラの
木の葉が黄や赤に色を変え、
音もなく散っている

「きりきりともみ込むやうな
 冬が来た」。
高村光太郎の詩「冬が来た」の
一節だ。まもなく誰もが
実感しよう。
「人にいやがられる冬
 /草木に背かれ、虫類に
 逃げられる冬が来た」。
しかし、厳しい局面を待ち望み、
むしろ挑もうという作者は
続けている。
「冬よ/僕に来い、僕に来い
 /僕は冬の力、冬は僕の餌食だ」

▼いてつきそうな境遇を
乗り切ろうとの気概が満ちる。
抗しがたい人口構成の変化や
長引く低金利といった冷たい
逆風にさらされ、さまざまな
業界が苦境にあえぐ昨今。
「冬の時代」という言葉には
停滞や低迷の時期といった
意味合いがあるのだが、
高村の「冬」は逆境に学び、
それをはね返す人間をたたえる
季節のようだ
▼いっときユニクロがCMで
使った「冬の詩」には、
こんな言葉もある。
「冬は見上げた僕の友だ」
「冬は未来を包み、未来を
 はぐくむ」。
昨今の報道を見渡せば、
国内外の諸関係の中にも
冷え込みが長引きそうなものが、
そこここにある。
高村の心の強さにあやかり、
冬支度を整えようか。
「春遠からじ」の言葉も信じて。
(春秋 日本経済新聞11/6)
posted by (雑)学者 at 12:14| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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