2019年09月03日

防災の日は過ぎたが災害常襲国であることを忘れまい

‘19年9月3日(火)

根府川(ねぶかわ)
東海道の小駅/赤いカンナの
咲いている駅/たっぷり
栄養のある/大きな花の
向こうに/いつもまっさおな
海が広がっていた
(根府川の海、茨木のり子)。
神奈川県小田原市のその駅
には、色鮮やかな詩の情景に
そぐわない歴史がある
◆昨日(1日)、JR東日本の
幹部らが参列し、駅構内の
「関東大震災殉難碑」に
花を捧げた。96年前、
震災による山津波は、
到着した列車を、駅舎ごと
相模湾に沈めた。
落命した乗客、乗員と駅員は
110人を超す
◆10年後の昭和8年、
本紙取材班が海底のホームや
SLの写真を撮影した。
SLは昭和9年に引き揚げられ、
曲がったナンバープレートを、
さいたま市の鉄道博物館が
保管する。
駅では、震災50年後に建った
殉難碑だけが、惨事を語り継ぐ
◆首都を壊滅させた巨大地震は、
この相模湾を震源としていた。
山津波は、根府川の集落も
のみ込んだ。
再建された駅で、詩人が眺めた
(くれない)の花は住民を
励ましてきたことだろう
◆治山技術も鉄道の安全性も
大きく向上したが、地震国に
住む私たちは油断できない。
災害の追悼碑は、
全国にたたずんでいる。
地域の教訓を忘れまい。
(編集手帳 讀賣新聞9/2)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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