2019年07月24日

挨拶で相手の心の水面に好感の波紋が生まれる

'19年7月24日(水)

森鴎外が1909年
(明治42年)に発表した
短編小説「鶏」は、鴎外が
軍医として勤務したことの
ある小倉(北九州市)に
住む軍人・石田小介が
主人公だ。一節に当時の
暑中見舞いの様子が描かれ
ている
◆鴎外の身の回りにも、
普通にあった光景なのだ
ろう。日曜日に暑中見舞い
の客の訪問を受けたり、
師団長ら上司には自宅を
訪ねて名刺を出して済まし
たりする情景を、石田を
主語にして書いている
◆江戸時代、猛暑の時期に
お世話になった人に
贈り物をしたのが、暑中
見舞いの由来とされる。
明治以降、郵便制度が発達
すると、徐々に簡素化され、
あいさつ状を送るように
なったという
◆こうした風習もすたれ
つつあるのだろうか。
日本郵便は、暑中・残暑
見舞い用のはがき
「かもめ〜る」の利用に
ついて
「個人が3割、法人が
 7割」と明らかにしている
(2017年・郵政民営化
 委員会)
◆7月は「文月」、そして
きょう(きのう)23日は
「ふみの日」だ。
小中学校も夏休みに入り、
先生に暑中見舞いを
送ったり、もらったり
する子もいるだろう。
季節感や宿題の進み
具合を、直筆で相手に
伝える喜びを感じ取って
ほしい。
(編集手帳 讀賣新聞7/23)

文化は便利になる文明の
影響を受けて変化するもの
なのか。
暑中見舞いという文化も
物を持って伺うことから、
中元という大半が送る方法に
変化し、はがきで挨拶する
方法も付き合いの親疎に
よって、篩(ふるい)に
かけられるが、これも省略
するようになると、人は
さらに孤立する方向へ進む
だろう。

何でもない挨拶でも
相手の心に何となく
好ましい影響を与えている
ように想う。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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