2019年06月13日

大人の落ちこぼれを減らす手立てが必要なのではないか

'19年6月13日(木)

悲惨な事件や事故が起こると、
やるせないと書くことが多い。
以前、仕事が済んだ後に、
ふと、「やるせ」とは何か、
何が「ない」のかと思い、
辞書で調べたことがある
◆漢字で【遣る瀬】と書く。
詳しいのは新明解国語辞典で、
語釈としてこうある。
<「瀬」は浅瀬の意で、
 立つことが出来そうもない
 深い淵に対して、
 心の安らぎが得られる
 ところを言う>。
札幌市の2歳、池田詩梨
(ことり)ちゃんが
衰弱死した事件に触れ、
もう一度辞書を引き直した
◆殴られたか、たばこの火か。
アザとやけどが体に見つかり、
母親と交際相手が逮捕された
◆2歳ならもう自分の名前が
言える。歌ったり踊ったり、
砂場でままごとをしたり・・・
詩梨ちゃんにそんな時間が
あったかどうか。
むろん深い淵に立たせたのは
容疑者らだが、手を伸ばして
救いあげようと思えば
できなくはない人たちもいた。
児童相談所である。
通報を受けながら調査を
尽くさず、放置したという
◆安らぎを得られる【遣る瀬】。
新明解にはその一つ手前に
次の語がある。
【遣る気】
<何かをしようとする
 積極的な気持ち>。
ない――が二つも続けば
救えるはずはない。
(編集手帳 讀賣新聞6/12)

仏作って魂入れず

児童相談所が必要だからと
作っても機能しない例が
多い。魂が入っていないの
ではないか。

それ以前の問題だが、
子育てをする親たちの
態勢が整っておらず、
子どもの幸せを祈る気持ちが
不足している。

次世代に影響することだから、
当人たちに落ちこぼれの要素が
あるのなら、子を持つ前に
社会的に矯正を済ませておく
ことはできないか。

いじめの精神的風土も
直しておくべきであると思う。

親に恩を返せないが、
その恩を子どもに振り向ける
ことで許してもらおう。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。