2019年05月18日

直木賞を惚れた女に例えた作家の阿部牧カさん逝く

'19年5月18日(土)

昭和49年の夏、阿部牧郎
さんは直木賞に落選した。
6年前に初めて候補に
あがって以来、7度目である。
「惚れた女に男がいた。
 あきらめる以外にない」。
そんな心境だった
(『大阪迷走記』)
▼しばらくして、サンケイ
スポーツで連載が始まった。
総合商社を舞台にした
官能小説『金曜日の寝室』
である。
「オモロイでんなあ」。
阿部さんは、街に出ると、
見知らぬ人から次々に
声をかけられる。
小説家になって初めての
経験だった
▼“色物”に手を染めると、
直木賞から遠ざかるのでは
ないか。阿部さんには
葛藤があった。結局、
読者の要望に応じようと
決めた。
殺到する注文を引き受けて
書きまくっているうちに、
10年近くがすぎた
▼やがて体に異変が表れた。
病院のベッドで、久しぶりに
たくさんの小説を読んだ。
昔とは違う感銘を受けて、
あらためて創作の意欲が
わいてきた。読書に疲れて
天井を眺めていると、
中学、高校時代の友人の
顔が、数十年ぶりに浮かん
できた
▼主人公の小説家、
矢部宏が故郷のO市に
戻ってくる場面で始まる。
自殺した高校時代の親友の
葬儀に参列するためだった。
阿部さんは、退院後すぐ
取り組んだ自伝的長編小説
『それぞれの終楽章』で、
ようやく直木賞を射止めた。
54歳になっていた
▼受賞後も「官能」は、
重要なテーマだった。
先の大戦を背景にした
外交官や軍人の伝記小説
にも取り組んだ。
草野球チームを率い、
オーボエをたしなむ音楽通
でもある。
85年の生涯を猛烈な勢いで
走り抜けた。
阿部さんのエネルギーの
源は何だったのか。
私設の保育園を経営する
など、がむしゃらに
働いて6人の子を育て
あげた。そんな母親に、
「ガンバリ主義を
 たたきこまれた」
と語っていた。
(産経抄 産経新聞5/17)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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