2019年03月31日

いい道具は大事だから、使わずに仕舞っておくという口車

'19年3月31日(日)

道具ほど大事な物はない
土屋賢二お茶の水女子大学
名誉教授


釣り好きの男の話によると、
釣竿、リール、ベストなど、
高価な釣り道具をそろえると
数百万円もするらしい。
一億円のルアー(疑似餌)も
あるという
(人間を釣るための疑似餌
 だろう)。

わたしは話を聞いただけで
終わる男ではない。
一を聞いて十を知る男だ。
正確に言えば、一を聞いて
十を知ったと勘違いする
男だ。もっと正確に言えば、
一を聞いて五を聞き間違え、
十を誤解し、二十を知って
いると吹聴する男だ。
釣り具の話を聞いただけで
男女の本質を洞察した。

女は
「魚を釣るのに特別な
 道具は不要だ。棒切れ
 でもバットでも割り箸
 でも指でも釣れるはずだ。
 道具を買う金で魚を買え。
 釣る時間があるなら、
 その時間働いて稼げ」と
考える。
女には結果がすべてだ。
道具への愛など理解できない
(夫への愛も知らない)。
道具も夫も利用するだけ
利用し、用済みになれば、
邪魔なだけだと思っている。

男は違う。男には道具が
すべてだ。
極端に言えば、結果は問題
ではない。
ただ、結果が出ないときは
道具のせいだから、高価な
道具を買う必要がある。
結果が出れば、それ以上の
結果を求めてさらに高価な
道具を求める。
こうして男は「豚に真珠」
という非難に耐えつつ、
ゴルフ用具、楽器、車、
音響機器への愛を貫く。

男は実用性を求めている
のではない。腕時計に
カメラと電話と炊飯器の
機能がついていても、
魅力は感じない。
実用性は二の次なのだ。
実際、腕時計に
水深百メートルの
防水機能など必要ない。
時計をつけたまま顔を洗える
という防水機能さえ不要だ。
大事な時計なら、顔を洗う
ときは必ず外すし、高価な
時計なら、金庫にしまう
はずだ。だが、その金庫が
水深百メートルの海底に
沈んでも時計は動き続ける
のだ。男はそう考える
ことに満足を見いだすの
だから、ため息が出るほど
気高い。

わたしは昔、夢にまで見た
狩猟用ナイフを買ったが、
狩猟にも武器にも使うわけ
ではない。だが、たんなる
装飾用でもない。
このナイフがあれば
干している漁網にネコが
からまって窒息しそうに
なっていたら、躊躇する
ことなく、あたりに包丁や
ハサミがないか探し、
ないことを確かめた上で
(大事なナイフはできる
 だけ使いたくないのだ)、
ナイフでネコを救うことが
できる。また、暴漢に襲わ
れて海に投げ込まれて鯨に
呑み込まれても、鯨の腹を
切り裂いて脱出することが
できる。
あるいは、山中で遭難して
いるときに奇跡の名句を
思いつき、書き留めよう
として、鉛筆の芯が折れて
おり、かじって芯を出そう
にも歯が抜けていた場合、
鉛筆を削ることができる。

問題は道具を大事にする
あまり、自由に使うことが
できないことだ。
下手に硬い物を切れば
刃こぼれする。そのため、
このナイフはこれまで
新聞紙しか切っていない。
新聞紙ですら刃を鈍らせる
恐れがある
(新聞紙を切ったときは
 カッターナイフの方が
 切れ味がよかった)。
それならもはや「道具」
とは言えない
と思うだろうが、物を切る
ことができるという
「可能性」にこそ道具の
価値がある。

保管にも気を遣う。
道具の価値が分からず、
刃物を凶器に使いかねない
人物の目に触れない場所に
しまい、ときどき眺める
だけにする
(眺めるたびにナイフの
 何かが減るような
 気がするからだ)。
そうやって大事に保管して
いるうちに、
保管した場所を忘れて
しまう。

道具をひたすら大事にする
男の本質はもう明らかだろう。
男は、道具の奴隷なのだ。
男は道具にかしずいている。
上司にかしずき、妻に
かしずく上に、道具にも
かしずいているのだ。
何と謙虚なことだろうか。
女がその一割でも謙虚に
なったことがあるだろうか。
(ツチヤの口車1090
 道具ほど大事な物はない
 週刊文春4月4日号
 (株)文藝春秋)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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