2018年10月26日

ナマハゲも加藤清正も幼児のしつけに効果がある

'18年10月26日(金)
[無形文化遺産] ブログ村キーワード

ナマハゲ
文化庁は24日入った連絡に
よると、国連教育・科学・
文化機関(ユネスコ)の
評価機関は「男鹿のナマハゲ」
(秋田県)など年中行事10件
からなる
「来訪神 仮面・仮装の神々」を、
無形文化遺産に登録するよう
勧告した。

「来訪神」は大みそかや
正月などに仮面などで
異形の神に仮装した者が
集落に現れ、怠け者を
戒めたり、人々に幸福を
もたらしたりするもので、
東北地方から沖縄県まで
8県の年中行事10件で
構成される。
いずれも国の重要無形民俗
文化財に指定されている。
(讀賣新聞10/25 1面)

加藤清正
トラが希少動物ではなかった
時代の国際親善と理解して
いただきたい。
本紙は1959年(昭和34年)、
インドの人々を人食いトラから
救おうと、ハンターを含む
使節団を派遣した
◆猟場はインド中央部の
高原で、猛獣におびえる
集落の民に大変感謝された
と当時の記事にある。
勇敢な狩猟会の方々の参加が
なければ、成り立たなかった
事業だろう。その心意気を
察しようとすると、
一人の武将の名が浮かぶ
◆浮世絵が伝える虎に挑む
雄姿を、自身に重ねた人も
おられたに違いない。
加藤清正である。
豊臣秀吉の朝鮮出兵時の、
虎狩りの様子が当時の
朝鮮人の日記に残されて
いたという
◆<賊将清正が愛馬を
  殺されて激怒し、
  軍勢を出して虎を
  捕らえた>。
賊将とは攻められる側の
蔑称にほかならず
清正公のファンには残念
だろうが、その生々しさが
日記の真実性を高めて
いよう。
学芸員の朝日美砂子氏の
見方が興味深い。
「秀吉軍は劣勢で
 兵に厭戦気分が広がって
 いた。清正は薬用に
 トラの肉を欲しがる
 太閤のためとは言えず、
 愛馬の敵討ちと
 偽ったのでは」
◆人知れず、陰には苦労も
あった武勇伝かも知れない。
(編集手帳 讀賣新聞10/25)

関西には、耳塚とか
鼻塚とよばれる史跡が
ありますが、
それは豊臣秀吉が
朝鮮に出兵した際、

一人ずつ敵兵の首を
取ったら
持ち帰るのがたいへん
だったから、
耳や鼻を削ぎ落して
椎茸みたいに袋に詰め、
山のように送ってきた
という。

その数知れない人々、
鼻を削られ、
耳を切られた人たちの
痛みを供養するために
建てられた塚だ
そうですが、
当事者はもちろん、
そういう民族の記憶は
ずっと消えるわけが
ありません。

韓国で全羅道の方に
行ったときでしたが、
いまだに
「キヨマサオンダ」
という言葉があると
聞いて驚きました。
「キヨマサ」は
加藤清正、
「オンダ」は来るぞ、
ということです。
かつて韓国では子供に
「清正が来るぞ」
というとピタッと
泣きやんだという
伝説です。
(五木寛之 人間の覚悟
 新潮文庫)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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