2018年09月13日

人口を減らそうと政治が介入すると増やすのは難しい

'18年9月13日(木)
[子供] ブログ村キーワード

遼寧省や天津市など
中国の各地方政府が、
2人目の子供が生まれた
夫婦に奨励金を出す制度を
検討し始めたと
中国メディアが伝えている。
2015年まで約40年も
続いた「一人っ子政策」が
急速な高齢化と労働人口の
不足をもたらしつつある
ためで、対策に躍起に
なっていることがうか
がえる。

こうしたニュースを
目にするたびに、
北京駐在時代に出会った
山西省出身の60代後半の
夫婦を思い出す。
ともに教師だった2人は、
長男が生まれた後、
国策に従い2回も中絶した。
しかし、その長男が、
大学生だった2000年ごろに
交通事故で死亡した。
夫婦は
「国のせいで私たちはいま、
 病院に付き添ってくれる
 人もいない」
と支援を求めて
地元政府に陳情を
繰り返したが、門前払い
され続けた。

年金や社会保障制度が
不完全な中国では老後、
子供の世話になることが
いまも一般的だ。
この夫婦のように
「一人っ子」を無くした
親たちは「失独者」と呼ばれ、
全国で少なくとも
数百万人はいるといわれる。

1970年代末から
実施された一人っ子政策は
数々の悲劇を生んだ。
代表的なのは91年、
山東省冠県などで実施された
「100日出産ゼロ運動」だ。
省内で計画出産の達成率が
最下位だった同県は、
“汚名返上”のため、
「同年5月1日から
 8月10日まで
 県内で出産ゼロ」を決めた。
期間中に第1子を含めて
出産予定の妊婦が堕胎を
強制され、数万人が
病院に連行された。
長年の不妊治療の末、
ようやく子宝に恵まれた
妊婦も無理やり中絶させ
られ、自殺した人も少なく
なかった。

94年9月、現役軍人が
大量の民間人を殺傷した
建国門事件の原因も
一人っ子政策だった。

事件は、北京近郊に
駐屯する中国人民解放軍の
田明建副中隊長(当時)に
「第2子を妊娠した」と
知らせる妻からの手紙が、
事前検閲で上司に発見
されたことがきっかけと
なった。
妊娠7カ月の妻は
中絶手術を強制されたが、
手術が失敗して母子ともに
死亡した。

それを知った副中隊長は
上司ら複数の将校を射殺。
さらに大使館などが集中
する建国門界隈(わい)
無差別に発砲し、
イラン人外交官を含む
約20人を殺害後、
特殊部隊に射殺された。
この事件は中国で
いまでも報道規制が敷かれ、
正確な死傷者数は明らかに
なっていない。

一人っ子政策を主導
したのは、
70年代末に最高実力者と
なったケ小平だった。
「経済発展の遅れは
 人口が多いことが原因だ」
と考えたケは、
科学的検証もほとんどせず、
「あらゆる経済的、
 行政的手段を使って
 人口を抑えろ」と
全国に指示した。
一部の外国の人口問題
専門家は「天下の愚策」
と批判したが、
国内で異を唱える者は
いなかった。

違反した家庭は年収以上の
罰金が科されたため、
各地で同政策の実施を
担当する計画出産委員会は
大きな利権を手にした。
是正を求める声は黙殺され
続けた。

いびつな人口構成が
深刻化した2015年に
ようやく
第2子が認められたが、
出生率は思うように
伸びなかった。
このため今度は一転して
正反対の出産奨励策を
実施し始めたというわけだ。

指導者の思いつきで
多くの中国人の人生が翻弄
されてしまったが、
共産党の一党独裁体制が
続く限り、こうした悲劇が
繰り返され得ることを
忘れてはならない。
(外信部次長)
【矢板明夫の中国点描】
(産経ニュース9/12 08:00)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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