2018年08月07日

筆舌に尽くしがたい広島・長崎の被爆体験 

'18年8月7日(火)
[広島原爆忌] ブログ村キーワード

今年は特別な年である。
前回は2007年がそうで、
次回は2029年まで
待たねばならない。
さて、なにが特別?
◆時節柄、ピンとくる方が
おありだろう。
今年は終戦の年、1945年と
すべての日付と曜日が
同じになる年である。
きょう(6日)広島原爆忌を
迎えた。
人類史上初めて核兵器が
使われた日も、同じ月曜日
だった
◆ただし当時の人たちに
曜日など関係なかったろう。
その朝、旧制中学1年
折免(おりめん)滋さん
(当時13歳)は
建物を移して疎開させる
作業に動員され、
爆心地から約600bの
川岸で訓示中に業火に
焼かれ、犠牲になった
◆広島の平和記念資料館に、
中身が黒く炭化した
滋さんの弁当箱が展示
されている。
母のシゲコさんは
帰宅しない息子を
さがし回り、3日後の早朝、
うずくまるような姿で
亡くなっている子供を
見つけた。
弁当箱の「折免」の刻字で
滋さんとわかったという
◆それが木曜日である。
さらにはその数時間後、
今度は長崎に原爆が投下
だれた。
壁掛けのカレンダーを
眺めながら、この稿を
書いている。
滋さん、シゲコさん、
そして無数の犠牲者の
悲しみが日付の並びに
浮かぶように見える。
(編集手帳 讀賣新聞8/6)

米国は広島と長崎に
間を置かず、ウラン型、
プルトニウム型の2種類の
原爆を投下
した。
核兵器の人体実験である。
当時、黄色人種の日本人は
白人からは
人種差別の対象であった
と思う。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。