2018年06月09日

ごめんなさいは許されるがゆるしてくださいは許されない

'18年6月9日(土)
[ノート] ブログ村キーワード

「くちげんかは 
 おとうさんが つよくて 
 ぼうりょくげんかは  
 おかあさんが かちます」。
神戸市の小学校で長く教師を
務めた鹿島和夫さんは、
新1年生が入学するたびに
ノートを渡した。
毎日、詩を書いてもらうためで
ある
▼お母さんといっしょに
お風呂に入る。寂しいとき
手をつないで寝てくれる。
子供たちの詩に登場するのは、
まるで友達のような愉快な
お父さんばかりである
(『お父さんはともだちです』)
▼東京都目黒区のアパートで
今年3月に虐待死した
船戸結愛(ゆあ)ちゃん
=当時(5)=も、
覚えたてのひらがなで
大学ノートに詩のような文章を
つづっていた。
「もうパパとママに
 いわれなくても 
 しっかりじぶんから 
 きょうよりか あしたは
 もっともっと 
 できるようにするから」
▼そこから浮かび上がる
父親のイメージは、
暴力と恐怖で支配する残酷な
独裁者である。実際、
父親の雄大容疑者(33)は
実子ではない結愛ちゃんに、
朝4時に起きてひらがなの
書き取りの練習をするよう命令
していた。
顔を拳で殴り、真冬のベランダに
放置するなど虐待を繰り返して
いた。食事も満足に与えられず
衰弱していく結愛ちゃんを、
母親の優里(ゆり)容疑者(25)も
放置していた
▼父親に首を絞められた
9歳の男児が、苦しい息の下で
必死に呼びかける。
「僕、父ちゃん、
 世界中で一番好きだ」。
この一言で父親の殺意がにぶり、
男児の命は助かった。そんな
心中未遂事件を紹介したことが
ある
▼「もうおねがい 
ゆるして ゆるして」。
結愛ちゃんがノートに残した
両親への謝罪の言葉から、
悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「お願い、殺さないで」。
すでに父親と母親であることを
やめた雄大容疑者と優里容疑者の
心には、響かなかったのか。
(産経抄 産経ニュース6/8 05:03)

社会の多様化で子育ての
時間が奪われた。
子どもは昔も今も同じ状態で
生まれてくる。
まっさらな子どもにしつけを
するとき、乱暴になる。
本能の部分を辛抱強く
社会性で置き換えなければ
ならない。

叱れば「ごめんなさい」と
いうだろうが、
「ゆるしてください」と
言わせるのはやり過ぎで
ある。
この両親はこの子と
同じように育てらたのだ
ろうか。
命の重みについて
誰からも教えられなかった
ことの証である。

子どもは親を選べないという
事実は常に念頭に
置かなければならない。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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