2018年05月14日

ママすきじゃない 母の日、女児から母への手紙

'18年5月14日(月)
[母の日] ブログ村キーワード

誰の手も借りることなく
2本の足で立った人は
いない。
「だけど…大きくなると、
 この体の中に、
 母の乳がながれて
 赤くなっていることは
 忘れてしまっています
 からね」。
吉川英治の小説にあった
セリフを思い出す
▼身過ぎ世過ぎのすべは
自分で身につけたもの
だから−と、
すねをかじるだけかじった
時代の記憶など、
都合良く忘れ去っている。
小欄は猛省が必要な忘恩組
の一人らしい。
きょう(昨日)13日は
「母の日」である。
そう聞いて日頃の無沙汰に
肩をすくめたご同輩も多か
ろう
▼福井県坂井市などが
昨年度に公募し、
入選作を集めて出版した
『日本一短い手紙「母へ」』
(中央経済社)の1通に
「ママすきじゃない。
 だーいすき」とあった。
4歳の女の子が母に宛てた
手紙という。
「すき」の2文字に
収まらない母への思いが
ほろりとさせる
▼無垢(むく)な心情の
発露は子供だけの特権でも
ないらしい。
「私がお母さんに一番可愛
 (かわい)がられたと
 思っていた。
 だけど弟も妹も
 同じことを言うんだよ」。
こうつづったのは
74歳の男性である。
照れや恥じらいを捨て、
体内を巡る「母の乳」の
温度を確かめてみるのも
いい
▼時節柄、思い浮かべる
のは拉致被害者の家族で
ある。さらわれた人がいて、
涙に暮れた母がいる。
長女、めぐみさんの帰りを
待つ横田早紀江さんに
とってはつらい季節だ
ろう。
「お母さんは本当に強い
 ですね」。
講演で各地を訪れる度、
こう声をかけられると
いう
▼「私はもう…さんざん、
  泣いてきたから、
  最近は涙も出ません」。
先日まで小紙に連載された
『私の拉致取材 40年目の
 検証』に、
痛々しい言葉があった。
母と娘を隔てる歳月に
一日も早い終止符をと心から
願う。
同じ国民として、忘れては
ならない「母」がここにも
一人いる。
(産経抄 産経ニュース5/13 05:03)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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