2018年05月12日

忘れたふりも文書の改ざんと同じように大切な仕事のうち

'18年5月12日(土)
[記憶] ブログ村キーワード

明治生まれの文学者、
辰野隆に『記憶ちがい』
という小編がある。
数え63歳の小学校の
旧友同士が
電車でばったり再開し、
思い出話に一気に50年
さかのぼる
◆「雪ちゃんという
  お嬢ちゃんを
  忘れたかい?」
「覚えているとも、
 雨の日のことだろう」。
雪ちゃんは夏、なぜか
一人だけ白足袋をはいて
いた。
それを脱がすと彼女は
泣き出した。
左足の小指の先が
二つに分かれていたのだ
◆のちに手術で治る
と知ったものの、悔恨に
苦しんだ。
自分はなぜあんなことを
したのか・・・。
すると、もう一人が言う。
脱がせたのは君じゃないよ、
Oだ、心にとりつく
自責の念が記憶ちがいを
させたのだと
◆きょう(11日)が
忌日の萩原朔太郎の詩に
次の一節がある。
<記憶は雪のふるやうな
 もので/しづかに
 生活の過去につもる
 うれしさ>(「記憶」)。
記憶とは“つもる”もの。
それが自然だと思うけれど、
不自然極まりないのが
国会に参考人招致された
元首相秘書官、
柳瀬唯夫氏である。
加計学園の獣医学部
新設を巡る愛媛県議員ら
との面会について、
「いたかもしれない」
と述べるにとどまった
◆心にとりつくのは何の
“念”だろうか。
(編集手帳 讀賣新聞5/11)

参考
 萩原朔太郎
 1886年(明治19年)11月1日 –
 1942年(昭和17年)5月11日)
 (Wikipedia)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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