2017年08月09日

昨今の自然災害は気象キャスターを花形職業にしている

'17年8月9日(水)
[倉嶋厚] ブログ村キーワード

倉嶋さんのこと

トランプ米大統領が、
17日間の夏休みに入った。
かつてオバマ前大統領が
10日間の夏休みを取った際、
散々批判したことを
すっかり忘れているようだ。
たとえば、このニュースを
コラムのネタにしたとする。

▼頼りになるのが、
気象キャスターの先駆けで
エッセーの名手でもあった
倉嶋厚(あつし)さんである。
倉嶋さんの
『季節おもしろ事典』に
よると、日本人が本格的に
夏休みを取るように
なるのは、明治6年ごろ
からだ。政府が出した
令達によってまず役人が
休み、やがて学校に
夏休みができた

▼「西欧を見習おう」
とする明治政府の方針の
一つだった。
もともと夏は、田の草取りで
忙しい季節である。
「だから暑さを避けて
 仕事を休むという発想は、
 日本人から生まれて
 こなかったのだろう」。
93歳で亡くなった
倉嶋さんの著作から、
日本の風土にまつわる蘊蓄を
どれほど利用させて
もらったことか

▼昭和19年に気象技術官
養成所を卒業した
倉嶋さんは、海軍技術少尉
となる。
「気象士はいいなあ」
「いえ、私たちもいずれ
 死にますよ」。
勤務していた京都の特攻隊の
訓練基地では、こんな会話が
交わされていた

▼特攻隊員たちとともに、
鹿児島県の鹿屋(かのや)
航空隊に転属になる前日に
終戦を迎えた。
約40年後、気象庁の主任
予報官から
鹿児島地方気象台長に転じた
倉嶋さんは、まず自衛隊の
鹿屋基地に挨拶に行った。
飛行場を見たとき、涙が
あふれて止まらなかった

▼「気象人として最後に
 気象事業の最前線で、
 精一杯戦うことが
 できるのはしあわせ」。
定年までの2年間、
「台風の防人(さきもり)」を
自任していた倉嶋さんは、
こう語っている。
台風5号は鹿児島県の
東海上を北上し、九州は
再び暴風雨にさらされた。
気象台では、後輩たちが
懸命に戦っている。
(産経抄 産経ニュース8/7 05:03)

祖母は中学生の孫に
紙切れを渡した。
文字を知らない自分の
代わりに、
これから言うことばを
書いてくれ、という。
大日如来様、お地蔵様、
ラジオ様、ガス様、電話様・・・。
いぶかる孫に祖母は言った。
「みんな私の神様、仏様だ」
◆おばあさんの薫陶を
受けたのかも知れない。
雨風はときに迷惑な乱暴も
働くが、その人は
好んで胸にしみいる
雨を語り、趣のある風を
つづった。
美しい日本の四季に
添えられた“様”の一字を
感じ取った方は多かろう
◆気象キャスターの
草分けでエッセイストの
倉嶋厚さんが
93歳で亡くなった
◆その語り口を
懐かしく思い出す。
背後から差し込む光が
前方の雨粒に反射する
虹の原理を説いて――
<日の指す方角ばかり
 探している人に、
 虹は見えないのです>。
砂漠に咲く花を語って――
<何年も奇跡の雨を待つ。
 そういう人生もあるの
 でしょう>。
73歳で予期せぬうつ病を
患い、乗り越えて――
<人生の長期予報は
 当たりません>。
それでも、死んではいけ
ない。
<やまない雨はないの
 だから>と
◆予報にない雨風にも
見舞われた「人生」に、
“様”の一字を
美しく書き添えた人で
ある。
(編集手帳 讀賣新聞8/8)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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