2017年04月18日

処世法の基本は自分の行いに責任を持つこと

'17年4月18日(火)    
[ストーカー] ブログ村キーワード

勝新太郎さんは晩年、
下咽頭がんと診断された。
手術で治る可能性も
あったが、一つ間違えば
声を失い、二度と
芝居ができなくなる――。
だから、拒んだ
◆『天才 勝新太郎』
(文春文庫)から引いた。
著者の春日太一さんが
記している。
<勝は最期まで
『勝新太郎であること』を
 選んだ>。
病状公表の翌年に
亡くなったが、役者のまま
生涯を終える選択に悔いは
なかっただろう
◆同じ治療でも、
こちらは、時に第三者の
命を左右しかねない
意味合いを持っていると
言えよう。
ストーカー行為に及んだ
加害者に対する治療のこと
である
◆全国の警察が
昨年4〜12月、293事件の
加害者に対し、
精神科など専門医の診察を
受けるよう促した。
25%が受診したが、60%は
拒んだ。
拒否の理由の多くは
「自分は悪くない」。
ストーカー特有の独善的な
思考がのぞく
◆診察を受けさせようにも
強制力はない。
だが、昨年、警察が把握
したストーカー被害は、
4年連続で2万件を
超えた。凶悪事件に発展
する事例も後を絶たない。
“ストーカーであること”を
彼らに選択させぬよう、
何ができるのか。
知恵の絞りがいがある
課題だ。
(編集手帳 讀賣新聞4/17)

精神的に異常かどうかの
判断の前に、
自分の行為が道徳に
敵っているかどうかの
判断があると思う。
自分の行為がわがままから
発しているものかどうか、
迷惑行為ではないのか。
そういう判断が求められる
と思う。
道徳教育に期待する
しかないのだが、
学校教育の効果が出るまで、
早くても10年以上の
先行投資になるような
気がする。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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