2017年02月16日

広報に載ったユネスコ無形文化遺産の「山・鉾・屋台」

'17年2月16日(木)    
[ユネスコ無形文化遺産] ブログ村キーワード

地元佐原の祭りに欠かせ
ない言葉の勉強を何時か
しなければと思っていた
矢先に、香取市の広報が
取り上げた。


ユネスコ無形文化遺産
「日本の山・鉾・屋台行事」

なぜ、「山・鉾・屋台行事」
なのか?。

祭で曳かれる造形物を
「山車(だし)」と呼び、
何の疑問も持たずに使用して
いる。
しかし、この「山車」の
歴史を見てみると、
意外なことがわかる。
まずは、「山」「鉾」
「屋台」について整理
していく。

京都の祇園祭の山鉾は、
中世に行われていた
風流拍手物
(ふうりゅうはやしもの)
呼ばれる行事を
直接の母体にしていると
いわれている。
風流拍手物では、
目印となる先端に
飾りのついた笠鉾(かさほこ)
笛や太鼓の囃子という
構成で行われていた。
やがて、この笠鉾の
先端の飾り(目印)が
横に展開したものが「山」、
盾に展開したものが「鉾」に
なり、囃子の部分を主体
として展開したものが
「屋台」となって造形的な
発展を遂げた。

肝心の「だし」とは何か
というと、鉾の先端にある
依り代(よりしろ)としての
目印のことを呼ぶ。
つまり、「だし」とは
鉾の部分名称だったのだ。

近年、この分野の研究が
進み、祭に出される造形物は、
囃される「山」と「鉾」と、
囃す「屋台」の三つに分類
された。
また、一般的に使われて
いる「山車」の語は、実は
明治中期以降に定着した
造語だったことも分かって
いる。
江戸の天下祭りで出されて
いた「出し」に「山車」の
字をあてたことから、
関東圏を中心に祭りで
曳かれる造形物を「山車」
と呼ぶようになったそうで
ある。
しかも、明治時代に
出版された国語辞書に
「山車」(だし)は
「だんじり」の
東京方言とされていた。

全国各地の祭礼に出される
造形物は、「だし」の
発展形だけではなく、
その地域が何に楽しみを
求め、何を趣向の主体と
したかにより、
「山」「鉾」「屋台」の
中から、さまざまな形の
造形物を造り出したのだ。
したがって、全国的な
名称は、それぞれの本質を
もって「山・鉾・屋台行事」
とされたのである。
(香取遺産Vol.128
 広報かとりNo.262
 平成29年2月15日号
 記事をでる体に変更引用)


夏の祇園祭と秋の諏訪祭。
風流の作り物が佐原に花
開いた山車の祭り。
その山車は、四つの車に
上下二層の高欄を廻した
曳山。
下高欄には、
時に賑やかに、時に哀愁を
帯びた囃子を奏でる下座が
乗り、
上欄には見るものを圧倒
する巨大な飾り物が乗る。
山車の周囲は、
躍動感あふれる重厚な
彫刻で飾り、
見るものを感動させる。
山車の引き廻しは、
地元の若衆が担う。
そこは一人前の佐原人として
認められるための鍛錬の場
となる。
山車を先導し、
踊りを披露するのは女衆。
その笑顔は祭りに一層の
華を添える。
小若は若衆に憧れ、
大人衆は若衆を見守る。
伝統的な呼び方は「やでぇ」。
佐原人の誇りと矜持の結晶に
ふさわしい呼び方である。
(平成29年カレンダー
 佐原の山車曳祭り表紙)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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