2017年02月09日

使われない言葉が増えると日本の情緒も比例的に減る

'17年2月9日(木)
[針供養] ブログ村キーワード

江戸期の川柳句集
『柳多留(やなぎだる)』に
一句がある。
<針箱をさがすと
 女房飛んで出る>。
指にトゲを刺した亭主が
毛抜きを探して
針箱のなかをかき回して
いる。
女房が台所から飛んできた。
へそくりが見つかっては
一大事、という光景らしい
◆当節はどうだろう。
針箱をへそくりの隠し場所に
する人はいまい。
多くの人にとって、
いまも針箱のなかに隠れて
いるものがあるとすれば、
祖母や母親にまつわる
思い出かもしれない。
きょう(8日)は
「針供養」の日である
◆「指切りげんまん・・・」。
幼い昔、そう唱えて
指と指を絡ませた記憶も
針箱の底には隠れて
いそうである
◆箱から取り出したい
ときもある。
韓国政府は慰安婦を
象徴する少女像の撤去に
動こうとせず、
放置したままでいる。
政府同士で交わした約束を
守らない。
ウソついたら
針千本のーます・・・
◆無粋な話になった。
『柳多留』から、もう一句を
引いて口直しとする。
昼寝の幼児が目をさまし、
母親は縫い物をたたむ。
わが子が足にでも刺すと
いけない。
<起きたかと
 針を数へて母は立ち>。
セピア色をした昭和の風景
とも読めよう。
針供養とは母供養でもある
らしい。
(編集手帳 讀賣新聞2/8)

祖母は誤って体に刺した
針を抜かずに
小ハサミの握りの尻で
叩いて体に打ち込んだ。
70年以上も前のことで
何かの迷信だと聞いている。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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