2016年04月25日

被災した人々は、輸血を待っている重症の怪我人

'16年4月25日(月)
[地震] ブログ村キーワード

(産経)
江戸期の著述家として
名高い斎藤月岑(げっしん)が、
『武江地動之記』という
文書に書き留めている。
〈江戸中の豪商…
 米穀金銀等を施し
 与ふる者多し〉。
安政大地震(1855年)の後、
江戸の町でなされた救済
活動である。

▼震災の1カ月後には
米の配給も行われ、
延べ38万人が飢えを
しのいだとの記録もある
(『江戸の助け合い』
つくばね舎)。
町の豪商にとって被災した
町民は「お客さま」、
人々の暮らしが戻らねば
商売も傾く。
復旧の陣頭指揮を
執ったのは自然の
成り行きであろう。

▼これらの救済や救護を
「施行(せぎょう)」と呼んだ。
いまは「ボランティア」と
いうさわやかな言葉がある。
一説によると、その語源と
なる単語が歴史に一歩を
(しる)したのは1600年
という。
「義勇兵」の意味で広まり、
後に「志願者」や「篤志家」
などの意味でも使われた。

▼家屋が倒れ、橋が落ち、
山が崩れた被災地は戦場と
変わるまい。熊本地震は
14日の前震から時間がたち、
益城町や熊本市などに
多くのボランティアが
駆けつけている。
当面は救援物資の仕分けや
避難所支援が中心という。
余震が危ぶまれる中での
作業に頭が下がる。

▼東京・銀座にある
熊本のアンテナショップは、
地場産品を求める訪客で
盛況と聞く。
「ふるさと納税」を通じて
被災地に寄付金を送る動きも
目を引く。
中越や東北に加え、新たな
被災地をわが身の一部と
して胸を痛める人は多い。
思いを寄せる。それも支援
だろう。

▼ボランティアには
「自生してきた植物」の
意味もあるという。
自らの意思で被災地に赴き、
汗を流し、雨露をしのぐ。
すべてが自弁に支えられた
行為には「自生」の言葉が
よく似合う。
江戸の昔から受け継いだ
種を、一人一人が大事に
したい。
美しい花実をつける日を
祈りつつ。
(産経抄 産経新聞4/24)

被災地は、集中治療室に
入れられた怪我人に例え
られる。今は、世話になる
しかない。

(読売)
先だっての東大の入学式で、
五神(ごのかみ)真学長が
「皆さんは毎日、新聞を
 読みますか」と新入生に
語りかけた。
記事をお読みになった方も
多いだろう。
学長の式辞でもう一つ、
新聞には載らなかった
ものの、よほど
言いたかったのだろうと
推測される一言があった
◆東日本大震災の復興支援の
輪に加わってほしい――
昨春の入学式でこう語った
学長は、同じ呼びかけを
今年も繰り返した
◆案外と難題である。
がれきの片づけなど、
現地で手伝えることが
いくらもあった時期は
過ぎた。
どこで何をすれば、
支援したといえるのか。
模範解答のない問いに
向き合うべきは東大生に
限られまい
◆東京・銀座の熊本県の
アンテナショップが
買い物客であふれている。
2度に及んだ震度7の
地震の直後は、熊本の
どの自治体もボランティアの
受け入れを見合わせていた。
現地の態勢が整ってきた
いまも、誰もが向かえる
わけではない
◆そこで何ができるのか。
多くの人が導いた答えの
一つが、買い物による支援
だといえるかもしれない。
大地を揺らす底なしのエネ
ルギーは、一つの問いを
解き終わらぬうちに
次の問いを投げかけてくる。
(編集手帳 讀賣新聞4/24)

東日本大震災と熊本地震は
支援の内容が違ってきて
いる。
東大入学式で、学長は
東日本大震災の被災地に
どんな支援が必要なのかを
考えるように求めた。

このことで、
熊本地震の被災地にとって
復興までの近道が描ければ
大きな助けになる。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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