2015年01月29日

白鵬はまだ、大鵬にもましてや双葉山には遥かに及ばない

'15年1月29日(木)
[白鵬] ブログ村キーワード

横綱大鵬は物言いのつく
きわどい一番で平幕戸田に
敗れ、連勝が「45」で
途切れた。
ビデオ判定が導入される
前、1969年(昭和44年)
の大阪場所である
◆テレビ中継のビデオでは、
大鵬の足が土俵に残って
いる。勝っていた。
「大変だ、誤審だァ」と
支度部屋に押しかけた
報道陣に大鵬は語ったと
いう。
「負けは仕方ない。
 横綱が物言いのつく
 相撲を取っては
 いけない」。
勝負審判ではなく、
あんな相撲を取った
自分が悪いのだ、と
◆この初場所で
大鵬の記録を超え、
史上最多33度目の
優勝を果たしたのは
横綱白鵬である。
賜杯をわが物にした
13日目、大関稀勢の里
との大一番には
物言いがついた。
軍配は白鵬に上がったが、
審判団が両者同体と
みなして取り直しとなり、
仕切り直しの末に
手にした大記録である
◆「なぜ取り直しなのか。
 子供が見ても
 (自分が勝ったと)
 分かる。
 審判部はもう少し
 緊張感を持って
 ほしい」。
千秋楽から一夜明けた
きのう(26日),
白鵬が記者会見で
勝負審判を批判したという。
記録の上では
相撲史の山頂を極めた人も、
精神はまだ遥か下、
山麓をさまよう途中らしい。
◆好漢、自重せよ。
(編集手帳 讀賣新聞1/27)

以前、よみうり時事川柳で
見つけた一句に

稀勢の里 君がなんとか
せにゃいかん

というのがあった。
今も状況は変わっていない。

できれば、はたき込みや
引き技、張り手などは
横綱を始め、上位力士には
して欲しくない。

対戦相手が相撲の前から
いじけてしまうだろう。

モンゴル出身の横綱
朝青龍と白鵬は
闘志むき出しで相撲を
取る。

勝った後も、
それが顔を出ていて、
賞金を鷲掴みにして
あたりを睥睨している。

横綱は勝って当たり前
なのに、褒めてもらいたい
子供のようである。

ここで、双葉山が
「木鶏(もっけい)」の故事に
辿りついて
相撲道の修行に励んだ
という逸話が
思い起こされる。

「木鶏とは、
 荘子に収められている
 故事に由来する言葉で、
 木彫りの鶏のように
 全く動じない闘鶏における
 最強の状態をさす。
 故事では紀悄子という鶏を
 育てる名人が登場し、
 王からの下問に答える形式で
 最強の鶏について説明する。

 紀悄子に鶏を預けた王は、
 10日ほど経過した時点で
 仕上がり具合について下問する。
 すると紀悄子は、
 『まだ空威張りして
 闘争心があるから
 いけません
』 と答える。

 更に10日ほど経過して
 再度王が下問すると
 『まだいけません。
  他の闘鶏の声や姿を
  見ただけでいきり立って
  しまいます
』と答える。

 更に10日経過したが、
 『目を怒らせて己の強さを
  誇示しているから話に
  なりません
』 と答える。

 さらに10日経過して王が
 下問すると
 『もう良いでしょう。
  他の闘鶏が鳴いても、
  全く相手にしません。
  まるで木鶏のように
  泰然自若としています


  その徳の前に、
  かなう闘鶏はいない
  でしょう』 と答えた。

 真人(道を体得した人物)は他者に
 惑わされること無く、
 鎮座しているだけで
 衆人の範となるとしている。

 横綱の双葉山がこの言葉を
 好んだことは
 有名である(Wikipedia)。」

双葉山と木鶏の話が出会う
こととなったエピソードは
陽明学者で東洋思想家の
安岡正篤(まさひろ)さんが
双葉山が70連勝を逸したことを
報じた電文とあわせて
次のように紹介している。

「私はこの話を
 往年の名横綱双葉山関に
 したことがありました。
 まだ横綱になる前の
 大変人気が出てきた頃
 でした。
 双葉山を非常にひいきに
 していた老友人に
 招かれて一緒に飲んだ
 ことがあるのです。

 なにしろ私もまだ
 若かった頃ですから
 つい一杯機嫌で、
 『君もまだまだだめだ』
 と申したましたところ、
 さすがに
 大横綱になるだけあって
 私もそのとき感心したの
 ですが、
 『どこがいけないの
  ですか』と慇懃(いんぎん)
 尋ねるのです。

 そこで私が木鶏の話を
 いたしましたところが、
 大層感じ入ったらしく、
 それから木鶏の修行を
 始めたのです。

 私は欧米の東洋専門の
 学者や当局者達と
 話し合いをするために
 ヨーロッパの旅に出かけ
 ました。
 もちろんその頃はまだ
 飛行機が普及しておりま
 せんから船旅ですが、
 ちょうどインド洋を
 航行中のときでした。
 ある日、ボーイが
 双葉山からの電報だと
 言って室に飛び込んで
 きました。
 そして
 『どうも電文がよく
  わかりませんので、
  打ち返して
  問い合わせようかと
  係の者が申して
  おりますが、
  とにかく一度
  ご覧ください』と言う。

 早速手にとってみると
 『イマダ モクケイ ニ
  オヨバズ
』とある。
 この話がたちまち船中に
 伝わり、とうとう晩餐会の
 席で大勢の人にせがまれて
 木鶏の話をさせられたのを
 覚えています(安岡正篤『一日一言』抜粋)。」
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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確かにきわどかったが
Excerpt: 白鵬がモンゴル人だからという事ではないと思いますよ。実際白鵬自身の足の甲は返っていますし、しかも体もとんじまってる。むしろ、足の甲が返っている事で白鵬が負けの裁定だってあり得たわけです。 目標と..
Weblog: やさぐれ戦記
Tracked: 2015-01-29 16:22