2009年11月08日

互いの価値観を尊重して長い付き合い

'09年11月8日(日)

芥川賞を取った作家
楊逸(ヤンイー)さんは
中国賢人の付き合いを
次のように紹介している。

さて人との付き合い方、
私にはそんなものが
今の今も、
今の明日もないのだが、
ただ一つ人との
付き合いが苦手だと
いうことは確か
である。

このテーマを機に
なぜと反省してみたら、
ひょっとして
方法を知らなかった、
あるいはずっと
方法など考えなかった
ことに問題があった
かも知れない。

「君子之交淡如水、
 小人之交甘如醴」

中国の古代思想家、
荘子の名言である。


徳の高い人つまり
君子と君子との
付き合いは
淡い水のよう

ものだが、
一方小人の付き合いは
蜜のような甘いもの
である。

ちょっと極端に
差別した言い方の
ようにも
思えてしまう。

しかし私のまだ浅い?
人生経験からだが、
周りの
濃密な付き合いを
した人たちの中で、
短い蜜月が
過ぎるや否や
反目するケースは
少なからずある。

やはり短期集中型が
問題なのか、
それとも
荘子の差別発言には
何か真実が
隠されていたのか、
興味をそそる現象
なので、
もう一歩立ち入って
考えてみることに
した。

荘子とほぼ同年代の、
マニュアルが好きで、
いろんなところに
自分の方法論を
売り込もうとする
孔子こと孔丘という
人がまた似たような
言葉を連発した。

子曰く:
君子喩於義、
小人喩於利。

君子和而不同、
小人同而不和。

徳の高い人が
義を重んじた
付き合い方をして、
互いは仲好しでも、
決して考え方など
一致している
わけではない。

お互いの価値観を
尊重する上での
付き合いを
していたようだ。

一方の小人よばわり
された人たちの
付き合いはというと、
義よりも利益を
先行させてしまい、
価値観も利益を
追求する考え方も
同じだから、
逆に不和な関係に
陥ってしまうという
解釈なのだ。

正しいとは
ちょっと言い難いし、
そもそも
君子と小人に
「人間二分化」する
論調自体、
受け入れられない
私だが、少しだけ
頷くところもあった。
(芥川賞作家楊逸
 水のように淡く
 PHP'09/11)


参考
 楊逸('64/6/18-)
  小説家
  中国ハルビン市出身、
  中国籍
  '08年、「時が滲む朝」で
  第139回芥川賞受賞
  日本語以外の言語
  母語とする作家として
  史上初めての受賞
  父はハルピンの大学
  漢文を教えていたが、
  文化大革命で農村に
  下放される
  '87年、留学生として来日
  皿洗いなどの仕事をして
  日本語学校に通った
  お茶の水女子大学
  文教育学部地理学専攻卒業
  在日中国人向けの新聞社
  勤務を経て中国語教師
     (Wikipedia


 君子之交淡如水、
 小人之交甘如醴
  君子の交わりは
  淡きこと水の如し、
  小人の交わりは
  甘くして醴の如し


 君子喩於義、
 小人喩於利
  君子は義に喩(さと)り、
  小人は利に喩る

 君子和而不同、
 小人同而不和
   君子は和して同ぜず、
   小人は同じて和せず
   (引用文注)
posted by (雑)学者 at 08:06| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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