2009年11月04日

軽蔑の視線を浴びればいいだけだ

'09年11月4日(水)

土屋教授のオタスケ!
人生相談(PHP'09/11)

(悩み)
私は幼いころから、
祖父からも父からも
「男らしくあれ」という
教育を受け続けて
きました。

「泣くことはもちろん、
 弱音を吐いても
 いけない」
「歯を見せて笑っては
 いけない」
「競争には
 勝たなければ
 ならない」
「ケンカに負けたら
 やりかえしに
 行かなければ
 ならない」など、
がんじがらめで、
最近では、
男をやめて
ラクになりたいと
真剣に悩んでいます。
かといって
思い切って
性を変えても、
「女は女らしく」も
それはそれで
シンドそうで・・・・・。
私は一体
「なにらしく」
生きれば
いいのでしょうか?
(学生・20歳)

(回答)
わたしも
「男らしくない」と
非難されている
一人です。

よく
「あなた、
 それでも男?」
「それでも夫?」
「それでも教育者か」
「それでも人間か」と
言われます。

そう言われるたびに、
「うん」と
答えています。

それでいまのところ、
軽蔑の視線を
浴びる以外、
支障はありません。

こういう
非難の裏には
勝手な決めつけが
あります。

何の根拠もなく
「哲学者は思慮深い」
と決めつけるから
わたしを
「哲学者のくせに
 軽率だ」と非難する
のです。
「年を取れば落ち着く
 ものだ」
と決めつけるから
わたしを
「いい年をして
 落ち着きがない」
と非難するのです。

勝手に
決めつけておいて、
それとは違う
と言って
非難するのだから、
ちょうど、
ぴったりだと思って
買った服が
小さくて入らない
と言って
服を非難するような
ものです。

そんな勝手な
決めつけは、
男らしく
無視しましょう。
型にはめられるのを
断固拒否するのです。

「男らしくない」
と言われたら、
型破りだと思われた
のだと考えて、
喜びましょう。
「それでも男か」
と言われたら、
元気よく
「うん」
と答えましょう。

そもそも
「男らしい」
「女らしい」
というのは、
こうあってほしい
という
身勝手な要望の
表明にすぎません。

「男らしさ」と
いっても
実際には、
「危険なことを
 進んで
 やってほしい」
料理の味や家事に
 文句を言うな
(しかし家事は分担しろ)
「自分を犠牲にして
 わたしを
 守ってほしい」
「ゴキブリを
 怖がっては
 いけない」
「何をされても
 黙って我慢しろ」
という、
我慢しろとか
犠牲になれという
内容なのです。

そんな身勝手な
要求をする人の
言いなりになる
よりも、
自分の理想を
追求した方が、
はるかに納得できる
生き方になります。

「お前は
 男らしくない」と
言う人がいたら、
「そんなふうに
 人を決めつける
 なんて、
 お前らしくない」
と言い返しましょう
(以上引用)

脳科学者
養老孟司さんが
「男は男らしく」
「女は女らしく」と
育ててちょうどいい、
と言ったことがある。

今、親たちはその点を
無視に近い寛容さで
育てている。



参考 
 土屋賢二('44/11/26 - )
  哲学者、作家
  お茶の水女子大学
  文教育学部
  人文科学科教授(Wikipedia)

posted by (雑)学者 at 08:16| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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