2009年11月03日

自信があるのに説得できないことがある

'09年11月3日(火)

建具屋を
生業(なりわい)
していた親父も
人づきあいは
上手ではなかったが、
周囲の人たちは
親父を
頼りにしていた。

腕がよければ
それだけで
人から尊敬される。

そんな親父の姿に
憧れた。

そして
紆余曲折の末に
僕が選んだのは、
落語家という
職人”の道。

しかし、
自分の都合で
勝手に
稽古することが
できないと知り、
「人間関係が
 苦手だから」
などと言っている
場合では
なくなった。
とにかく教えて
もらえなければ、
それこそハナシに
ならないのだ。

ある日、
僕は(立川)談志
師匠から
「親切だけが
 人を説得する」
と教わった。

しかし、
高座に上がるように
なってから、
ようやくその意味を
実感できるように
なった。

談志師匠の言う
“親切”とは、
想像力を働かせて
他人を気遣い、
いい気持ちに
させること。

“説得”とは
こちらの言いたい
ことを
きちんと受け取って
もらうこと。

つまり、
相手のことを
気遣い、
いい気持ちになって
もらって初めて
こちらの
言いたいことが
意図した通りに
伝わる、という
意味だった。

難しい噺を
完璧に覚え、
自分なりのセンスで
味付けもできる
ようになった。

だが、
今日は絶対に
楽しんでもらえる
はずだと
自信満々で
臨んでも、
思ったような
反応が
返ってこない
こともある。

笑ってもらえない
のは、
自分の腕が未熟な
せいだ。
大きな拍手を
もらえなかった
のなら、
それは
“親切”ではない
自分のせいなのだ。

僕は今、丁寧に
客席の反応を
確かめながら、
一人ひとりから
笑いを引き出せる
ように
工夫するように
なった。

あれほど
苦手だったはずの
人間関係を、
お客様との間で
積極的に築こうと
がんばっている。
立川談春
 “親切”な落語家
 PHP'09/11)


本人は承知して
いたと思うが、
談志の師匠の
柳家小さんが
「談志の落語は
 登場人物よりも
 自分が
 前に出ている」
と評したことが
ある。

名前は知らないが、
色紙に
こんなことを
書いて配った
落語家がいる。

遊んでいるような
小鳥さえ
生きるためには
苦労する。

自分たちを
小鳥になぞらえて
いるのだ。

posted by (雑)学者 at 09:12| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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