2009年08月25日

教われば分かるのに、話す教育の必要性

'09年8月25日(火)

日本語が難しいのは
老若を問わない。

尊敬語、謙譲語それに
丁寧語とあって、

例えば、
「読む」を例にとれば、

尊敬語では、
「お読みになる」、
「読まれる」、

謙譲語では
「拝読する」、

丁寧語では
「読みます」となる
(三省堂Web Dictionary)

社会人を育てる
責任を教育
自覚していた時代は、
ある程度のことは、
教えたと思う。


運動不足解消のため、
農道を自転車で30分、
4キロほど走った。

その途中、
男子高校生と思しき
二人が並んで
歩いていて、
道の左端を
歩いていた子は
自転車を押していた。

追い抜こうとしたとき、
自転車を押していた子が
相方のTシャツの袖を
曳いて道を開けてくれた。

そのとき、
避けてくれた子から
「お疲れですね」
声をかけられたが、

心境と言葉に違和感が
あったのか、
間を置いて、
「頑張ってください」と
追いかけるような
声が聞こえた。

手を挙げて、
背後に挨拶は返したが、
「お疲れですね」と
「頑張ってください」が
同じ気持ちを言い換えた
言葉だと気が付くのに
少々時間がかかった。

話し方や挨拶の仕方は
昔ほど
教育されてはいないが、
彼らの心根は
昔と変わらず優しいのだ。

こんな
投稿記事も見つけた。

10本の手
千葉県匝瑳市 女性)
残暑が厳しい
夏の日の昼下がり、
都市公園清掃で
天神山公園に
行きました。

坂道を下りていくと、
持ち帰らなかった、
花火のゴミだらけ。

途方にくれていると、
夏休み中の
男子高校生4人が
「手伝いましょうか」と
声をかけてくれました。

「仕事だから」と
遠慮すると、
「同じ人間でしょ」
手伝ってくれました。

最近は暗いニュース
ばかりが、
ながれますが、
こんな優しい若者も
いるんだよねと、
嬉しくなりました。

10本の手でする
ゴミ始末はアッという間。

清掃が終わって、
坂道を登る
足取りは軽く、
暑さを
忘れたようでした。

この思い出
私の心の1ページに
残したいと思います。
(喜びのタネまき新聞
 No.482 潟_スキン)


優しい心根は
話し方が普通に
身についていれば
伝えるときに
それほど
苦労しないのだが。

「同じ人間でしょ」
も物議を醸しそうな
表現だ。
posted by (雑)学者 at 13:50| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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