2009年08月14日

いい相撲を心掛ける、横綱白鵬強さの秘密

'09年8月14日(金)

テレビ朝日
徹子の部屋のゲストに
第48代横綱
大鵬(幸喜)親方が
出ていて、樺太からの
命がけの引揚を語った。

ところで、
第69代横綱
白鵬(翔)の四股名は、
横綱大鵬と柏戸に
因んで
柏鵬とする案が
あったが、
色白だったことから
白鵬と付けられたとか。

'01年3月場所に
初土俵を踏むが、
番付に名前が載った
翌5月場所は
身体の小ささもあり
3勝4敗の成績で、
後の横綱としては
異例の序ノ口での
負け越しを経験する。

本名はムンフバト・
ダヴァジャルガル。
Davaajargalは
月曜日の幸福という
意味で
生まれた
'85年3月11日は
月曜日である
    (Wikipedia)

大鵬親方もそうだが、
子の「幸せ」を
願う親の心が
込められた名前である。


ノンフィクション作家
小松茂美さんは
白鵬関との対談で、
相撲の奥の深さを
引き出しています。


小松:忘れもしない、
 '04年の九州場所です。
 当時横綱昇進が
 かかっていた
 魁皇関を破り、
 翌日朝青龍関に
 勝って初金星。
白鵬:勝った自分も 
 「何が起きたんだ」
 という感じでした。
:当時、白鵬は19歳。
 素人目にも、
 一日一日、一番一番、
 面白いように
 力をつけていくのが
 分かりました。
 逆に、
 番付が上がった後、
 苦しんだ時期も
 ありましたね。
:やはり
 上へ行けば行くほど
 壁にぶち当たります。
 横綱昇進を
 目指しながらも、
 自分の不注意で
 足の指を骨折し、
 一場所休場になって
 しまったことも
 あった。
:そんな苦境も経て、
 '07年、見事横綱の
 座につかれました。
 その責任の重さは
 「なった者でなければ
  分からない」
 と言われますが。
:まさに、
 山を乗り越えたら、
 さらに
 大きな山があった
 という感じです。
 確かに横綱の責任は
 重い。
 けれど、その重さに
 とらわれ過ぎては
 いけない。

 時々、
 実力はあるのに
 昇進したとたんに
 負ける力士がいます。
 勝負は、
 ちょっとした
 心のありようで
 変わるんです。

 ただムキになって
 ぶつかるだけでは
 ダメ。
 逆に受け身になって
 引き過ぎてもダメ。
 そのバランスです。

 「後の先」という
 言葉があります。
 立ち合いで、
 相手より遅れて
 立ちながら、
 組んだ時には
 先手を取る。
 相手を受け止めつつ、
 攻撃するという
 意味ですが、
 これもバランスの
 なせる技です。

:横綱にとって
 「いい相撲」とは?
:“流れ”のある
 相撲です。
 そして、
 土俵に上がったら
 無心になること。
 「どう戦おう」と
 頭で考えるのではなく、
 体が自然に動くに
 任せる。
 流れるように
 自然に動いてとった
 相撲は、
 後で観ても
 美しいんですよ。

 そういう相撲を
 取るためには、
 日々
 稽古を積み重ねて、
 体で覚えていく
 しかありません。
:勝負は、
 稽古の段階から
 すでに
 始まっている
 わけですね。
:そうです。
 稽古がすべてで
 結果は後。
 僕はあまり力は
 強くないんです。
 ただ
 力のバランス配分や
 体の使い方が
 多少うまいだけ。
 それも稽古で
 身につけたものです。
:横綱は体が非常に
 柔らかいですね。
:硬い筋肉は
 作らないほうがいいと
 思っているんです。

 筋肉が硬いと、
 残る力というのかな、
 バネが
 なくなってしまう。
 ケガもしやすいです。
 必要なのは、
 芯に力のある筋肉。
 やはり基本は、
 四股、すり足、
 鉄砲です。
(小松茂美の超勝負論
 PHP'09/9)


「天才、天才と
 言われたけど、
 努力したんですよ」
とは大鵬親方の弁。

とにかく、
当時の大型力士で
ありながら、
もろ差しという
自分有利の型に
なるのが早かった。


白鵬関も
稽古を見せてもらった
小松さんの質問に、
「入門当時は、
 毎日泣いていました」と。

筋トレをしない訳は
イチローの弁と同じだ。

大鵬の体の柔らかさも
真綿やスポンジに
例えられた。

相撲という
暗黙知の世界も
奥の深さが観るものを
堪能させる。
posted by (雑)学者 at 07:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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