2009年08月06日

さ迷い続ける霊魂だから追善供養を続ける

'09年8月6日(木)

八月はお盆月。

葬送儀礼は
しめやかで厳粛だが、
仕事として
携わったものから
みると、
疑問を抱くことも
あるらしい。



ゴーギャンの絵に
「我々はどこから来たか?
 我々とは何か?
 我々はどこへ
 行くのか?」
という長い題の
作品がある。

タヒチでの大作である。

葬送の現場にあって
私は、
常にこの命題に
とまどってしまう。

「我々とは何か?」は
哲学者に任せておく
としても、
「我々は
 どこへ行くのか?」は、
葬送の現場には
大いに関わってくる
のである。

例えば、浄土真宗の
葬式などでも、
<みほとけに
 いだかれて>
とみんなで送り出して
いながら、
その後で
弔辞を読み上げる人が、
<霊よ、安らかなれ>
と言ったり、
喪主は
<父も草葉の陰で
 さぞ喜んでいる
 でしょう>
と言ったりしている。

仏に抱かれて
成仏したかと思えば、
宙に浮いていたり、
草の下にいたりする。

会葬者も、
遺体に合掌したり、
遺影に手を
合わせたり、
祭壇や霊柩車に
合掌したり、
火葬場の煙突の
煙にまで
合掌したりする。

ところが、
肝心のご本尊には
あまり手を
合わせていない。

僧侶の唱えるお経は、
何を言っているのか
分からないし、
死者が
どこへ行ったか
分からないから、
思いつくまま
手当り次第
手を合わせている。

その上、
仏教の思想に、
中有(中陰)と
いうものがあって、
命あるものすべては
六道(天人、人間、
修羅、畜生、餓鬼、
地獄)の中で、
生まれては死に、
そして
生まれ変わる
といった
ことをくり返すと
されている。

そして、
生を終えてから
次の生を
受けるまでを
中有といって、
その期間は
四十九日とされていて、
この四十九日を
七日ごとに区切り、
それぞれの
区切りの日に
次の生まれるところが
決まるとされている。

しかし、
四十九日までに
決まらなかった場合も、
死者の霊は
宙に迷っていることに
なっている。
 
どこまで行っても
「我々は
 どこへ行くのか?」
分からない。

奇特な親族が、
一周忌、三回忌、
五十回忌と
追善供養をしても、
果たして成仏したのか
どうか分からない。

私が、
この葬送儀礼という
仕事に携わって
困惑し驚いたことは、
一見深い意味をもつ
ように見える
厳粛な儀式も、
その実態は迷信や
俗信がほとんどの
支離滅裂なものである
ことを知ったこと
である。

迷信や俗信を
よくぞここまで
具体化し、
儀式として形式化
できたものだと
思うほどである。

わが国の仏教の
葬送儀礼様式や
作法のほとんどは、
死んでも死者の霊魂が
さまようことを
前提に
構築されている。

死者の枕許の
一本線香は、
なぜ2本ではいけない
のかと聞けば、
霊が迷うからという
答えが返ってくる。

位牌はなぜ必要なのか
と聞けば、
霊の宿りのため
だという。

六文銭も頭陀袋も
手甲脚絆も杖も草鞋も、
とぼとぼと中有を
さまよう旅姿である。

葬式に
導師が登場するのも、
さまよっている
死者(霊魂)に
引導を渡すためだ
という。
「成仏せよ、呵!」
などと大きな声を
張り上げても
成仏したのか
しないのか
分からない。

成仏していないから、
追善供養をする
のだろう。

魔物除けに
短刀を遺体の胸に
置くとか、

屏風を逆さに
立てるとか、

とにかくわけの
分からないことを
やっている。

今日の仏教葬儀式に
見られる姿は、
釈迦や親鸞の思いとは
程遠いものであろう。
極端に言えば、
アミニズムと死体崇拝
という原始宗教と
変わらない内容を、
表向きだけは
現代的に行っている
と言っても
言い過ぎではない。

釈迦は、
当時輪廻説を説いた
バラモンが
霊魂の実在を
信じていたのに対して、
霊魂(自我)の実在を
否定し、
無我を縁起とした
新しい仏教を
説いたはずである。
(青木新門 納棺夫日記
 文春文庫抜粋)


しかし、
葬送儀礼が
どうあろうとも
故人の霊が安かれ
という
遺族や参列者の
祈りの気持ちは
いつも変わらない。
posted by (雑)学者 at 01:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本の場合は、葬式しか仏教の関わりはないですからね。

『儲ける』という字は『信者』と書くと、よく言ったものです。
Posted by まほろば at 2009年08月28日 20:53
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