2009年07月17日

どうせ僕は頭が悪いからと

'09年7月17日(金)

世間で常識とされて
いることの大半は、
いや99.9%は
仮説にすぎません。

物事を思い込みで
判断していると、
とんでもないことに
なります。

ニュートンという
漁師さんがいて、
海に出て網を投げる。
この網は、
少しだけ網目が
粗いんですね。

それでも、
たくさんのものが
すくえるから、
「おお、これが宇宙か」
と喜ぶわけです。

そして
アインシュタイン
という漁師さんは、
もう少し目の細かな
網を海に投げる。

そしてニュートンより
たくさんのものを
すくいあげて、
「おお、これが宇宙か」
と喜ぶ。
ニュートンの網では
抜け落ちていた
たくさんのものが、
説明できる
ようになる。

そうやって
網目が少しずつ
細かくなり、
多くのものが
すくえるように
なっていく。

でも、決して
「これ以上細かい
網はない」という
ゴールはない、
それが科学なんです。

そうなると、
人間の知恵の限界は
どこなんだという
話になりますよね。

これについては、
ウィットゲンシュタイン
という哲学者が
すごく深いところまで
考えていて、
彼は
「語りえにもの
 については、
 沈黙しなければ
 ならない」
と言うんですよ。

ここでの
「語りえぬもの」
とは、
言葉や思考を超えた
世界のこと。

それで
言葉というのは
日本語英語のような
日常言語もあるし、
数字や数学の記号
なんかもある。
そして、
これらによって
語りえぬものに
ついては、
人間には考えられない。

僕は、そういう
「語りえぬもの」は
確実に存在すると
思っています。

たとえば、
人間は
色というものを
三原色で
見ているんですね。

赤、青、緑の
組み合わせで、
さまざまな色を
見ているのが
人間の目です。

ところが鳥の目は、
四原色なんです。
人間が見えない
紫外線まで、
鳥たちは見ている。
だから
「鳥の目で見た花の色」
などは、
われわれにとって完全に
「語りえぬもの」です。


歴史に名を残す
ような人が、
みんな子どものころから
神童だったかというと、
そういうわけではない。

いちばんいけないのは
「自分は頭が悪い」という
思い込みであり、
仮設です。

そう思った瞬間、
モチベーションが
下がってしまう。

だから僕は
「どうせ僕は頭が悪いから」
と言ってる人には、
単刀直入に
「やったのか?」と
聞きたい。
(科学作家 竹内薫
 紙飛行機で「世界」を
 飛べる 講談社
 16歳の教科書収蔵)

posted by (雑)学者 at 01:00| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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