通勤の時間帯に
電車に乗れば、
若い女性の
何人かは
向かい合わせの
ロングシートなのに、
コンパクトの鏡を
覗きこんでは、
お化粧に余念が
ありません。
なかには、
窓ガラスを枕にして
大きな口を開け、
夜更かしの
睡眠不足を補っている
娘(こ)もいます。
さて、
小泉八雲(こいずみやくも:
パトリック・ラフカディオ・
ハーン:Patrick Lafcadio
Hearn,1850/6/27-
1904/9/26)は、
新聞記者(探訪記者)・
紀行文作家・随筆家・
小説家・日本研究家。
名前の「八雲」は、
一時期当人が
島根県の松江市に
在住していたことから、
その旧国名である
出雲国にかかる枕詞の
「八雲立つ」にちなむ
とされる(Wikipedia)。
ハーンは日本人よりも
深く日本を愛し、
日本人の
内面や文化的生活を
書き残したことで、
その名を
いまに残している。
彼は帰化して
日本名まで名乗って
いるのだ。
明治期に
日本で活動していた
外国人の多くは
日本人女性を
“現地妻“と見なし、
祖国に
帰国するさいには
生まれた子どもだけを
連れて帰るのが
通例だった。
ハーンにとって、
日本人女性は
母国イギリスや
アメリカの
女性たちよりも
好ましく感じる
存在だった。
そんな女性たちを
邪険に扱うなど、
彼にはとうてい
考えられなかった
のだろう。
なお、日本人女性に
対するハーンの評価は
「心」という
作品のなかに
描かれている。
そこには
「たしなみのある
日本の婦人が、
なにをするにも、
つねにあでやかに、
しとやかにと
心がけて、
上品なしぐさを
する例として、
とりわけ
この姿態は
美しく見える」
とある。
「この姿態」とは
女性たちが
乗り物のなかで
眠くなったとき、
着物の長い袂を
顔に当てておいてから
居眠りする
様子をさす。
彼はそれに
美しさを感じ、
愛嬌があると
絶賛している
のである。
(びっくりデータ情報部編
ニッポンの
良いとこ、悪いとこ
河出書房新社)
江戸時代は
橋のない川を
渡るのに
乗合船を利用
しました。
その船に後から
乗ってきた人が
いると、
先に乗っていた人は
こぶし分だけ腰を
浮かせて席を
つめました。
このしぐさを
「こぶし腰浮かせ」と
言うそうです
(NPO法人江戸しぐさ
理事長越川禮子)。
数人が席をつめれば、
一人分の場所なら
すぐに
つくれる道理です。
いまどき、
こんなしぐさは
講習会ででも
教えなければ
お目にかかることは
まずないでしょう。
口を開けて
眠りこけている人には
席をつくってあげる
ことの必要性すら
気がつきません。
昔と同じ
乗り合いなのですが。
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