大相撲3月場所を
東前頭8枚目で
勝ち越した栃乃洋は
‘97年5月場所に
入幕するという、
息の長い力士です。
息が長いということは
余談だが、長い間、
アナウンサーを
悩ませてきたということ
でもあるようで、
「とちのなだぜき」
という四股名は
発声しにくいのだ
そうです
(Wikipedia)。
息が長いということは、
燃え尽きにくいという
ということでもあって、
恵まれた素質や
怪我をしにくい相撲の型
のほかに、
何か哲学を
持っていそうな気が
しています。
投げ出さない、
あきらめない、という
心の律し方があるのかも
知れません。
私がイラストレーターの
仕事を始めたのは、
彼らが生まれる前から。
彼らは物心つく前から
母親が仕事をする姿を
見て育ちました。
でも私が仕事と家庭を
両立してきたかというと
それは限りなく怪しい。
私は東京の大学を卒業して
運送会社に就職。
社会人3年目で結婚。
夫と結婚するときも、
「コドモができても
一生仕事をするから」と、
高々と宣言。
私は、結婚前から
家でもできる仕事を
探していました。
それが、
イラストレーター。
月に2、3カットの
仕事量でしたが、
会社を退職します。
長女の出産を機に、
ニンプ向けの雑誌の
連載の仕事が舞い込み、
それからはとんとんと
仕事も増加。
そして2人目を妊娠。
そこからがつらい。
平日は昼間1歳になった
長女と遊び、
夜彼女が眠ってから、
明け方まで
ひたすら仕事。
長男を出産したとき、
夫の転勤で、
一家で大阪へ。
思い切って
長女を保育園へ。
自分の家の
トビラを開けば、
散らかし放題の家。
バルコニーには
冷たくなった洗濯物が
はためき、
コドモたちは、
おなかがぺこぺこなのに、
ご飯も炊いてない。
すごく母親として
ダメだなあ、
とへこむ瞬間。
コドモたちにも
原稿のしめ切り前は
迎えに行くのが
遅くなって、
さびしい思いを
させています。
「こんな思いを
させてまで、
仕事を続ける意味が
あるのか?」
でも決まって答えは
「とにかく続ける」
でした。
とにかく絵を描くことが
好きだから。
仕事への常に揺れる
自分の気持ちを
持ちながらも
その後も続けて
こられたのには、
三つの理由があります。
一つ目は、まわりの協力。
二つ目は、仕事以外に
没頭できる自分の趣味を
持っていたこと。
三つ目は、どれも100%を
求めないこと。
コドモたちも
大きくなってしまえば、
小さいときの話は
笑い話。
でも「あきらめないで
続ける」姿勢だけは、
ちゃんと伝わっている
ことを祈ります。
上大岡トメ
100%ほどほど生活
PHP'09.4月増刊号

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