色気よりも食気、というくらいに
食欲を満たすことがなによりも
先にあるようです。
同じ釜の飯を食う、とは
一つの釜の飯を食べ合った親しい
仲で、一緒に暮らした仲間のこと。
野生動物も餌を奪い合ううちは
仲間ではないが、
群れを作っていっしょに棲んで
分けあうようになれば仲間だと
思うのです。
衣食足りて礼節を知る、といい
生活の余裕ができてくれば
自然に道徳心も芽生えてくる
ようです。
辰巳芳子(料理家・随筆家)さん
は次のように話しています。
長野県上田市の教育委員会の
委員長をなさった方に話を
聞く機会がありました。
その先生は、いわゆる荒れた
高校の校長を歴任した方です。
煙草、万引き、不登校、
果ては警察に厄介になる。
どうしてそうなってしまうのか。
そこで生徒たちの生活を
調べてみると、
ほとんどの子が朝ごはんを
食べていないことがわかった。
おまけに母親が弁当を
作らないので、
昼はコンビニ弁当。
そこでその校長先生は、
学校給食を始めたのです。
ご飯には発芽玄米を混ぜ、
おかずは魚と野菜を中心にして
毎日お腹一杯食べさせた。
そういう生活を半年も続けると、
徐々に学校の中が
落ち着いてきたのです。
煙草も万引きもなくなり、
やたらとキレる子も
なくなってきた。
二年後には学校全体の成績も
上がり、
合唱コンクールで全国大会に
出場するようにまでなった
そうです。
もちろんこれは、
単に給食だけの成果では
ないでしょう。
先生たちの授業内容の改善も
あった。
しかし、人間にとって食事と
いうものは、これほどまでに
影響を与えるものなのです。
物がなく貧しかった時代、
食材も決して豊かではなかった。
その中で、どうやって我が子の
身体を育んでいくのか。
母親は皆、知恵を出し労力を
惜しみませんでした。
一番出汁(だしじる)をひき、
清汁(すましじる)、味噌汁、
煮炊きもの、浸(ひた)しもの、鍋もの、
御飯もの、二杯酢、三杯酢と
展開させていく。
その知恵を身につけ、
心を込めて台所仕事をして
いました。
この日本人ならではの賢さを、
もう一度取り戻してもらいたい。
そうすることで、私たちは必ず、
生きやすくなります。
生きやすい環境の中で、
子どもたちの心が荒れることは
ありません。
朝餉にはパン食でもおみおつけを
のせてあげてください。
その一杯が、
心を穏やかにしてくれるものです。
辰巳芳子 最期に、スープを
PHP11月臨時増刊号2008(PHP研究所)
同じ釜の飯を食う、とは、
誰が作ったものかが分かる飯を
一緒に食うことで、共同体の
意識が生まれ、争いが起きにくく
なる関係が作られるということ
でしょう。

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