今から40年前、仕えた上司は
パチンコ好きで、
当時は球を一個ずつ弾く方式の
パチンコ台でした。
本人が自分で言うには
パチンコ屋の女の子を
1人雇っているというほどに
熱が入っていました。
当時の列車の窓は、
窓枠の両側の下の方についた
洗濯鋏(ばさみ)のようなものを
指でつまんで、
両手で上げ下げして開閉する
作りになっていたが、
その上司はこれをみつけると、
右手の親指で弾いていました。
あるとき、パチンコのやり過ぎで
腱鞘炎になったが、
医師の問診では、
パチンコに嵌まっているとは
言えなかったそうです。
現在、プロスポーツといえば、
野球と並びサッカーが人気を
集めているが、
パチンコで思い浮かぶのは
サッカー隆盛の礎を築いた
杉山隆一さんです。
合宿の練習後にパチンコに
熱中する杉山選手を
後輩が呼びにやらされる
ことがあったようです。
‘68年のメキシコ五輪では
日本サッカーは銅メダルを
獲得しました。
そのときのチームメイトが
同じフォワードの釜本那茂さん。
釜本選手は、
この五輪で7得点を挙げ、
得点王になりました。
まさか、この二人に
後日これほどの晴れ舞台が
用意さていたとは知らずに
二人が敵味方に別れて戦った
早明戦を観たのです。
静岡でサッカーを
やっていた友人が
手を回して
関係者の通用口から入れて
くれたのです。
杉山が明治、
釜本が早稲田でしたが、
二人だけが、傑出していて、
特に杉山のスピードが
目に焼き付いています。
共に得点がなく、
引き分けでしたが、
いいものを観せてもらった
という印象が残りました。
トップアスリート名語録
(桑原晃弥著PHP文庫)に
釜本那茂氏の言葉があります。
「フォワードは点を取ってなんぼや、
どうすりゃええか、
1日24時間考えた。」
パチンコ好きも
「どうすりゃええか」
しょっちゅう考えていた
のでしょう。






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