娯楽小説作家山田風太郎
('22/1/4〜'01/7/28)さんは、
自分で戒名を決めていて、
それが「風々院風々風々居士」だと
おっしゃるのを
テレビでみたように記憶して
います。
八王子郊外の川上霊園墓地には
墓石に「風ノ墓」と刻まれ、
墓誌にはその戒名が刻まれて
立っています。
自分が住むこのあたりでは、
自分の戒名を自分で決めて
墓石にまで刻むことが
故人の遺志だからといって
どれだけ尊重してもらえる
だろうか。
あるいはは墓石だけならば、
故人の希望を叶えてあげようと
いうことになるのかも
知れません。
寺では、戒名の代金が
決まっていて、
院号居士は松でいくら、
大姉・居士は竹でいくら、
信士・信女は梅でいくら と
見えないが値札がつけてあります。
米国カリフォルニア州
レークサイド在住の
デニス・ミルロイさんは
両親がこの世を去った後、
姉から墓に刻む文字を
決めるように言われ、
「二人は最善を尽くした」と
いう言葉に決めたそうです。
「親は子供を精いっぱい育てても
自信と能力のバランスを兼ね備えた
人間に育てられないこともある。
両親の墓に刻まれた言葉を
見るたび、
自分の行動には自分で責任を
もたなくてはならないと思う。
私の人生を生きるのは、
ほかの誰でもなく、私自身だから。
デニス・ミルロイ
酒飲みの親を許して変わった人生
Newsweek 2008.10.1から引用」
戯れに、
自分の戒名を考えたことがあります。
「貧神院貧徳貧道居士」
「神」は父親の戒名の二文字目を
そのまま使いました。
貧には、とぼしい、さもしい
などの意味もあるので、
納まりやすい方とくっつければ、
「徳」や「道」の形容には
ぴったりです。
戒名どおりの人生だが、
つまらないとか
他人の人生と「とりかへばや」と
思うことはありませんでした。
君自身にとって友人となれ、
さすれば、
他の連中も君を友とするだろう。
(西 諺)
参考
とりかへばや物語
作者未詳
現存本は平安末期の作を
改作したもの
(あらすじ)
ある貴族に男女の子があり、
男は容貌・性質が女のようで、
女は男のようであったので、
父は「とりかへばや」とて、
男を女に、女を男にして育て、
二人とも成長ののち士官したが、
種々の不都合が生じて、
姉弟その本性の姿に戻って
栄えたという筋(広辞苑)




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