スポーツの世界はすべてが悟って
覚える暗黙知の領域です。
例えば、ゴルフの入門書を読んだだけで、
ティー・グランドに立っても
そのホールをパーでホール・アウト
することは難しいでしょう。
自分の体が悟ったことがどれだけ
あるかで、平均的なスコアが
決まってくると思うのです。
ゴルフの帝王と呼ばれた
ジャック・ニクラウスは
100ものチェック・ポイントを持ち、
それを瞬時に確認できたといわれて
います。
それだけに、調子がよくないときは、
分からなくなってしまうようで、
'57年のカナダカップで個人戦と
団体戦で優勝し、
わが国に一大ゴルフブームが訪れる
きっかけをつくった中村寅吉プロは
「悩む時間がもったいない、打ち続けると
答えが見える」と、頭ではなく、
体で考えたようです。
以下、各界の選手の暗黙知の獲得に
基本を重視して取り組む姿勢を
その選手の「語録」から拾ってみました。
「紙一重の薄さも、
重なれば本の厚さになる
------マラソン 君原健二
東京、メキシコ、ミュンヘンと
三回のオリンピックに連続出場し、
メキシコでは銀メダルを獲得した
マラソンランナー君原健二は、
決してエリート選手ではなかった。
君原は練習方法を考え、
必ずアウトコースを走ることにした。
インコースに比べて、
トラック一周につき約6メートル
よけいに走ることとなる。
一周6メートルの差は小さいが、
何周も、何日も、何年も続ければ
大差となる。
簡単なことを一生懸命やるというのが
大事なんだ。
------ボクシング 輪島功一
25歳というプロボクサーとして
きわめて遅いデビューながら、
世界スーパーウェルター級王座を
三度獲得した『炎の男』。
彼を有名にしたのが『カエル跳び』だ。
体をかがめて相手の視界から消え、
次に瞬間に跳ね上がるようにして
拳を突き上げる変則技術である。
実際には防衛戦のほとんどは、
正統派のボクシングだったのだ。
正統派の闘いができたのは、
輪島が遅いデビューにあせることなく
地道な練習をきちんと積み重ねたからだ。
ムダが必要だと思うんだ、
いろいろ練習して、
自分の体に合ったものを見つける
------自転車 中野浩一
日本のプロスポーツ選手として
初の獲得賞金1億円を達成するなど、
競輪選手として成功しただけでなく、
‘77年から世界自転車選手権で10連覇を
達成した。
彼は、自転車競技の盛んなヨーロッパでも
よく知られた伝説的な選手だ。
あまりの強さゆえに、
レースでは中野包囲網ができるほどだった。
それでも勝つことができたのは、
練習の中から自分に合ったものを
見つける工夫を惜しまなかったからだ。
ムダを含めて進んで試し、
いいのか悪いのか、
どの程度やらなければならないのかを
判断するのが中野のやり方だった。
基本である1、2、3を
きちんと練習しないで、
いきなり4とか5をやるな
------レスリング ジャイアント馬場
馬場は巨人に投手として入団したが、
怪我もありプロレスに転向、
力道山の下で厳しい修業を積んだ。
彼が大切にしたのは基礎練習だ。
派手な技やパフォーマンスは、
その先にあると考えていた。
基礎ができていないと、
一時的に人気を得ることができても
トップレスラーにはなれない。
時間はかかっても基本をしっかりと
身につける。
そうすれば、ある時期からは自然と
大きく飛躍できるものだ。
茶碗やコップから一升瓶まで
何でも人さし指と中指だけではさむ練習をした
------野球 村田兆治
『マサカリ投法』と呼ばれるダイナミックな
フォームから繰り出される
村田兆治のフォークボールは、
全盛期には
『来ると分かっていても打てない』と
言われるほどの威力を発揮した。
伝家の宝刀フォークを習得するための
エピソードはたくさんある。
指にボールをはさんだまま縄でくくりつけたり、
中指と人さし指の間に牛乳瓶や鉄の球を
はさんだりと、日々のトレーニングを
かかさなかった。
桑原晃弥著
『トップアスリート』名語録(PHP文庫)から抜粋」






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