2021年01月12日

コロナも震災もこの試練もいつかは教訓に変わるだろう

‘21年1月12日(火)

兵庫県の西宮から神戸まで、
作家の村上春樹さんが一人、
歩いたのは1997年の初夏
だった。
震災から2年、変わり果てた
故郷のさまを『辺境・近境』
(新潮文庫)につづっている
◆遊び場だった神社は
常夜灯の灯籠が
<刃物ではねられた
 首のように>地面に落ち、
池の水は
<時間をかけて煮詰めた
 みたいに>黒く濁って
いた。
もとに戻る日が来るのか。
あの頃、皆が同じように
陰鬱な思いにかられた
ものである
◆今年も1・17が巡り来る。
破壊の限りを尽くされた
街は痕跡すら探すのも
難しい。
癒えぬ心の傷は多々残って
いるのだろう。
それでも、再生を果たした
人の強さをつくづく思う
◆<遺跡のようにさえ見える>
と、村上さんが書いた
西宮神社は福の神、えびす
信仰の総本社で、
きょう(11日)までが
十日戎(えびす)の大祭だ。
参拝一番乗りを競う
「福男選び」は中止となり、
拝殿前、奉納された
大マグロはアクリル板で
仕切ってある。
商売繁盛を願い、大勢が
さい銭を貼り付ける
いつもの景色はそこにない。
コロナよ・・・。また同じ
言葉が口をつく
◆試練もいつかは教訓に
変わるだろう。
そう信じて、今は
踏ん張るしかない。
(編集手帳 讀賣新聞1/11)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする