2020年11月09日

「太陽がいっぱい」を思い出す脱ハンコ社会の恐怖

‘20年11月9日(月)

〇自ら判断下した証し
長く勤めた行政機関では、
決済欄のある文書が一般的。
起案者から最高責任者までの
決済印を見ると、つくづく、
その人の考え方や性格が
うかがい知れて勉強になった。

内容に不満で少し横向きや
朱色を薄く押印する人、
重大な文書には大きな印を
一般文書には認め印を押す
人など、様々だった。
でも本人の意思表示の証し
としては明瞭だった。

今の時代、結局、偽造され
ればそれまでかもしれない。
しかし婚姻、出生届、土地
家屋の購入、相続など人生の
重要な局面では、やはり
自らが判断を下した証しとして、
ハンコを押したい。
(無職 嶋利美さん 67 (宇都宮市))

〇サイン社会怖い
私は、脱ハンコに大賛成だ。
私の名字はどのハンコ屋に
行ってもなく、あつらえに
なる。時間も費用もかかる。
とはいうものの、
全てサインで済ませる方が
いいかというと疑問が残る。

銀行にお金を下ろしに行った際、
持って行ったハンコが
届け出印と違うと断られた
ことがある。
ハンコは素人が見ても違いが
わかるが、サインはうまく
まねれば違いはわかりにくい。

昔見た「太陽がいっぱい」
という映画では、主人公が
友人を殺害後、サインを練習
してその友人になりすました

今回、このシーンを思い出し、
サイン社会がこわくなった。
(会社員 衣畑秀樹さん 61(神戸市))
(気流 讀賣新聞11/8 7(投書)面)

参考
『太陽がいっぱい』
1960年のフランス・イタリアの
犯罪映画。
ルネ・クレマン監督の代表作と
言われている。
音楽はニーノ・ロータで主題曲も
当時ヒットした。
出演はアラン・ドロン他。
(Wikipedia)

"Greenleaf !
Greenleaf, telephone !"
(映画ではそう聞こえた)

警察の罠である
「電話だ」という呼出しで
主人公は逮捕された。

脱ハンコ社会では
こうした犯罪が生まれる
だろう。


ラベル:ハンコ
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする