2020年05月21日

自粛要請を重荷に思う人間はやはり社会的な動物なのだ

‘20年5月21日(木)

スズメは年中そこらにいるため
季語のくくりはない。
ただ「スズメの子」となると、
春に分類されている

<雀の子そこのけそこのけ
 お馬が通る>
何年か前、この著名な一茶の
句を眺めていてふと思った。
そういえば、スズメの子を
見たことがあっただろうかと。
明治に活躍した俳人、藤井紫影
にも散歩道で会ったらしい
スズメの子の句がある。
<小雀の一尺飛んで親を見る>
◆綿毛のとれたばかりの羽で
巣から降り、ちょこちょこと
不安げに飛ぶ練習をする姿
だろう。
ものの本によれば、親と一緒に
いるのは10日ほどらしく、
どうやら今年も見る機会を
逸しそうである
◆しかし代わりにというと
変だけれど、このごろ
散歩道で多く見かけるのは
人間の子供たちである。
ある男子のグループが同じ広場に
集まってくる。
午前中はゴムボールで野球、
午後はサッカーと思ったら、
翌日は午前にサッカー、午後に
野球をしていた
◆勉強はいつしているのだろう?
心配になるものの、笑みが
こぼれて楽しそうである。
学校の休みが続く異常な春の
もと、元気に外に出て、子供たち
なりに飛ぶ練習をしているの
かもしれない。
(編集手帳 讀賣新聞5/20)


他人の作ったものや、
他人の提供するサービスの
対価を支払うとき、
働いて稼いだお金はそれらとの
引換券みたいなものである。

人間が一人でできることには
限りがある。

新型コロナウイルスのおかげで
人間が社会的動物であることを
再確認させられた。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする