2019年10月31日

身長150pなのに巨人といわれた緒方貞子さん逝く

‘19年10月31日(木)

「今は逃げているけど、
 家に連れて帰って
 くれるよね」。
緒方貞子さんは9歳ぐらいの
男の子に言われた一言が忘れ
られなかった。
男の子はコソボ紛争で発生した
難民の1人。
「もちろん」。緒方さんはそう
答え、頑張らなければと思った。
『緒方貞子 戦争が終わらない
 この世界で』(NHK出版)で
述べている
▼緒方さんが92歳で逝った。
60歳を過ぎて国連難民高等
弁務官に就任。隣国に入国を
拒まれ、イラク国内に
とどまるクルド人避難民の
支援を決断した。
従来の難民救援は
国外に逃れた人が対象で
前例がなかった。
理由は一つ。命を守るため
だった。
国境は関係なかった
▼常に現場を重視し難民の
声を聞いた。重さ15`の
防弾チョッキも着た。
愛称は
身長5フィート
(約150a)の巨人」。
難民から感謝された証拠だろう。
アフリカ各地の難民キャンプに
「オガタサダコ」という名前の
子がいた
▼よく口にした言葉が
「持ちつ持たれつ」。
世界の国々は共存しなければ
いけないと考えた。
東日本大震災や日韓、
日中関係が緊張した際は
相互協力の大切さを訴えた
▼世界の難民は7千万人を超え、
難民に不寛容な空気が広がる。
日本も難民の受け入れが
少ない。
緒方さんは最後まで
志半ばの心境だったろう。
遺志は残された者が引き継が
ねばなるまい。
(河北春秋 河北新報ONLINE NEWS10/31)
posted by (雑)学者 at 12:50| 千葉 ☁| Comment(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月30日

緒方貞子さん逝く、だが足跡は語り継がれて生き残る

‘19年10月30日(水)

緒方貞子さんはアフリカの
難民キャンプを歩いていたとき、
日本語で声をかけられた。
「ムスメノナマエハ、
 『サダコ・オガタ』デス」。
愛くるしい瞳の1歳の
女の子を紹介された
◆国連難民高等弁務官に
就任以降、ここまで感謝
されるには紆余曲折あった。
ルワンダ内線では
難民キャンプに虐殺をした
民兵が潜り込み、支援撤退を
訴える民間団体もあった。
だからといって多数を占める
女性や子供を見捨てられる
のか、と激しくやりあった
という
◆ジュネーブの本部で
報告を待つのではない。
ヘルメットと防弾チョッキ姿で
紛争地を歩く小柄な女性に
国際社会は目を見張った
◆現場主義を貫きながら、
人道支援に尽くした緒方さんが
92歳で亡くなった。
イラクのクルド人難民問題では
国境を越えられない人々を
救おうと、国境の外に出た人が
難民という原則を覆す決断を
して、保護のあり方を変えた
こともある。
正義と勇気を胸にこれほど
無数の命にかかわり、敬愛
された日本人はいまい
◆サダコ・オガタちゃんも
無事に大人になっていれば、
子供に囲まれている頃合い
である。
遠くから祈りをささげて
いるだろう。
(編集手帳 讀賣新聞10/30)

参考
緒方 貞子
日本の国際政治学者。
学位は、政治学博士
(カリフォルニア大学
 バークレー校)。
上智大学名誉教授。
独立行政法人国際協力機構
理事長、国連人権委員会
日本政府代表、
国連難民高等弁務官、
アフガニスタン支援
政府特別代表を歴任。
(Wikipedia)
posted by (雑)学者 at 13:21| 千葉 🌁| Comment(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

生まれてきてよかったと思うことのために生きている

‘19年10月29日(火)

渥美清はいかにすごい役者
だったか。
ドラマ『すいか』などを
手がけた夫婦脚本家ユニット、
木皿泉さんがエッセーに
記している

<昔、映画館で『砂の器』を
 見てたら、渥美清さんが
 映画館の支配人役で
 出てきたんですよ。
 いきなりアップで。
 そしたら館内が大爆笑。
 全然笑うシーンじゃないのに、
 みんなゲラゲラ笑ってるん
 です。すごいですよね、
 顔だけで笑わせるって>
(妻、『ぱくりぱくられし』
 紀伊國屋書店)
◆きのう開幕した
「東京国際映画祭」で、
今は亡き渥美さんの
名場面をちりばめた
『男はつらいよ 
 お帰り寅さん』が
先行上映された
◆前作から22年が過ぎる。
予告編によると、
さくらの息子・満男
(吉岡秀隆)は
小説家になるものの、
妻に先立たれ、
人生をもがいている。
対話するのは記憶のなかの
懐かしい四角い顔の
おじさんだという。
生まれてきてよかったなって
 思うことがなんべんか
 ある
じゃない。
 そのために人間生きてんじゃ
 ないのか

「困ったことがあったらな、
 風に向かって俺の名前を
 呼べ」
◆12月27日、全国公開。
せつなくなることが
次々起こる世の中に、
寅さんが帰ってくる。
(編集手帳 讀賣新聞10/29)
posted by (雑)学者 at 10:06| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

現代中国の研究に「大志」を抱いて臨むのは危険である

‘19年10月28日(月)

相次ぐ大型台風の襲来と
豪雨禍で季節を忘れて
しまいそうだが、はや神無月も
終わろうとしている。
東京五輪のマラソンと競歩が、
移る、移らないで話題の
札幌では、北海道大学構内
の銀杏並木が見ごろになった
のだが、どうも様子がおかしい
▼例年ならこの時期、
「金葉祭」と称して夜は
木々がライトアップされ、
屋台も出て、学園祭のような
にぎわいをみせるのだが、
中止になってしまった。
来場者や学生らに危害を
加える、との脅迫メールを
受けたためだそうだ
▼メールの具体的な内容を
聞いても教えてくれないので
隔靴掻痒だが、いとも簡単に
脅迫に屈するとは、
卑劣な犯人を喜ばせるだけ
ではないか。
どうも大学側に、「暴力」に
屈しないという毅然とした
態度がみえない
▼もっと心配になるのは、
自らの大学に所属する教授が
中国で拘束されてから2カ月
近くたっているのに、
大学当局が何の対応もしていない
ようにみえることだ。
抄子も広報に電話したが、
「事実関係を確認中です」と
木で鼻をくくったような答え
しか返ってこなかった
▼中国に囚われた教授は、
いまどき珍しい真面目な学究肌で
「将来、現代中国研究の
 第一人者となり得る」(知人談)
存在だという。北海道新聞は、
政府系シンクタンクである
中国社会科学院の招請で訪中した
教授は、同院が用意したホテルで
拘束された、と報じた
▼事実なら、拘束に研究機関が
関わっていたことになる。
ごく控えめに書いても
「学問の自由」に対する重大な
冒瀆である。
なぜ大学は中国に断固抗議し、
教授開放に全力を尽くさない
のか。彼らに
「少年よ、大志を抱け!」と
別れを惜しむ学生たちを励まし、
北大の礎を築いたクラーク博士の
後裔(こうえい)を名乗る
資格はない。
(産経抄 産経新聞10/28) 
posted by (雑)学者 at 14:16| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

偉くなったお客様が「感情労働」というお言葉を生んだ

‘19年10月27日(日)

「へーい、できますものは汁、
 柱(貝柱)、タラ昆布、
 アンコウのようなもの、
 ブリにお芋に酢ダコで
 ございます」
「じゃその『ようなもの』を
 一人前持って来い」。
酔客が店の小僧にからむ
落語「居酒屋」だ
▲壁のお品書きから
選ばせようとしても、
一番右の「口上」を出せの、
どぜう汁の濁点を無視して
「とせうけ」を出せのと
小僧を困らせる。
三代目三遊亭金馬が名調子で
笑いをとった演目だが、
昨今とても笑えない客との
やりとりもある
▲接客業や苦情対応にあたる
人々へのカスタマー
(顧客)の理不尽な要求や
高圧的な態度をいう
カスタマーハラスメント
(カスハラ)である。
しつこい要求や脅迫めいた
言動に追い詰められ、
うつ病などと診断される例が
相次いでいる
▲労災と認定されたのは
この10年で78人、
うち24人が自殺していた
という。
だが労災認定された
ケースは氷山の一角だろう。
客の悪質なクレームに
悩まされながら、職場の
十分な支援もなく
放置される例は
後を絶たないものと
みられる
▲「感情労働」とは
接客に伴う心のコントロールが
求められる労働をいう。
客の少々のわがままは
収まる堪忍袋を懐にしての
仕事だが、
そのストレスは職場全体で
サポートしてくれねば
たまらない。カスハラには
組織的に臨むの一手だ
▲それにしても
「カスハラ」とは情けない
響きである。
ささいな店員のミスを
居丈高に怒鳴る客を
目にした時のような情け
なさというべきか。
この国のお客は、
いつの間にそんなに偉く
なってしまったのだろうか。
(余録 毎日新聞10/25)
posted by (雑)学者 at 09:47| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする